THE REAL WORLD First Season “ひと夏の出来事……”
[ 第二章 ありがとう…… ]

 ☆ ラウルeye ☆

 

コォケクォッコーーーッ!

 「………」

 「………」

 ―――“早朝サイレン”と言われて嫌われている鶏人の声が、村に響き渡った………

 朝の到来を教えてくれる、どこの村でもほぼ毎日繰り返されるお約束みたいなみたいなものなんだ。

 大地の向こうに太陽が顔を見せると同時に、あの叫び声を上げて一日の充実を願っているらしいんだけど………

 ―――ただ、やかましいだけなんだよな………普段なら。

 「…………ラウル、起きてるか?」

 「……もちろん、起きてるよ……父さん」

 「……朝が来た……な?」

 「朝が来た、よ」

 ―――今日ばかりは、あの朝が来たという証明になる声が待ちどうしかったんだよ!

 「と、父さん………来なかったね?」

 「ああ、来なかったな……刺客は」

 昨夜も言ったけど、ボク達親子は何度か命を狙われた事がある。

 だからボクと父さんは、ほとんど一睡もしないで徹夜で警戒していたんだ。

 ―――でも、ボク達を襲うような奴は来なかった………来なかったんだよ♪

 「せー………」

 「……………のッ」

 ≪やったーーー!≫

 「これって向こうに、遺跡や機械を隠したりする気がないって事だよね?」

 「まだ油断は出来ないが、少なくとも私達が求めているものを見せる気はあるって事だ。

  目的の機械がキチンと動作するかわからないが………大きな一歩になるはずだぞ!」

 ―――そっか、まだ油断は出来ないのか………

 「大丈夫だ、ラウル!」

 「え?」

 「少なくとも村に滞在している間はもう、危険はないはずだ。

  村にいるうちに私達をどうこうするのなら、昨夜が一番“事”にならずにすむチャンスだったんだからな!

  危ないとすれば、この村を出発したすぐ後だ。そしてそれはこれから村長と会えばわかる」

 ―――顔に出ちゃってた………かな?

 ボクの不安を見抜いた父さんの気遣いに、チョットだけ“ホッ”とした。

 今までだって、父さんが大丈夫って言った事は本当に無事にここまで来れたんだから!

 「父さん!今日の村長から、話しを聞く時の待ち合わせは?」

 「昼からだ。だからそれまで………」

  どっかん!

 ボクと父さんが進展に声を上げて話し合っている最中に、いきなり部屋の扉が大きな音を立てて開いた!

 ―――刺客?!

 ボクは身体が一瞬縮むのを感じて、わずかだけど反応が遅れてしまった!そのボクの前に父さんが一歩踏み出してくれる。

 父さんの大きな背中が視界に入ってきた事で、ボクはちょっと落ち着く事が出来た………

 そして腰のベルトに仕込んである、二本のナイフを引き抜………

 「うるさ〜〜〜〜〜い!」

 「は?」

 「へ?」

 まだ日も昇ったばかりの薄暗い廊下で、刺客は振り上げていたらしい足を“どん!”と踏み込み降ろして絶叫してきた?!

 意表をつく大きな第一声に、中途半端に身構えたまま相手に興味を持ったけど………薄暗くて全然顔が見え……ないなぁ。

 ボクはちょっと慌て気味に、窓にかけられた分厚いカーテンを開いてみた。とたんに眩しいほどの朝日が部屋に入り込んでくる。

 そして朝日に照らしだされた、早朝の非常識な訪問者は………

 「あんたたちねー!今がいったい何時だと思ってんのよッまだ日が昇ったばっかりの早朝よ?早朝!

  徹夜したかなんか知らないけどね、朝っぱらから騒ぐなんてこっちはいい迷惑なの!わかる?!」

 「は、はぁ……」

 り、リムア、だっけ?

 訪問者は信じたくない事実。アリアさんの実の娘、リムアだった。

 若草で染めたような淡い緑色のパジャマが、朝日を浴びて輝く翠色の髪の毛と良くあってる。

 「ま、まさかカギのかかった扉を一発で蹴り開けたの?!」

 「そうよ、なんか文句ある?」

 ―――おとなしくしていれば、結構カワイイのに……ってそういう状況じゃないよぉ!

 ―――なんか、かなり怒ってるし………

 「わかったんなら返事くらい……」

  どっかん!!

 「わっ」

 「こ、今度は何だ?!」

 「………ヒッ」

 リムアがこの部屋のドアを蹴り開けた時より、更に大きな音が聞こえてきた!

 廊下の方から聞こえた気がしたけど、ボクや父さんは部屋の中にいるから一体何が起きているのかさっぱり分からない………

 ―――い、いったいどうなってるんだ?!

 それに対してまだ廊下にいたリムアはそれまで顔を真っ赤にして怒っていたのが、今度は真っ青になってしまっているし。

 「ヒッ……ひにゃあ!」

 「お、おい?」

 一体何がどうなってんのやら……リムアは一番後ろ、つまり父さんの後ろにいるボクの背中の影に小さく丸まってしまった。

 「おはようございます………」

 「

 「

 「いや〜〜!」

 リムアに気を取られている間に、いつのまにかアリアさんが室内に来ていた………けど、なんか様子がおかしいよ?

 「お、おはようございます……アリアさん」

 「皆さん、朝はもう少し静かにお願いできませんか?寝不足は美容の天敵なものですから………」

 ―――な、なんだかものすごく…こ、恐いよぉ………

 淡いピンク色のパジャマを着て微笑んでるのに……アリアさんが来た途端に、部屋がまるで竜の巣にいるみたいにピリピリッしてる!

 『は、はひ!』

 ボクと父さんの声が、見事に重なった。ってこういう状況なら当たり前かもしれない………

 「ラウさん、ラウル君、お願いしますね。

  リム、そこにいるんでしょう?ちょっとこっちにいらっしゃい」

 「いやだぁ……」

 無理ないよなぁ……今のアリアさん、すごい恐いもんなぁ………

 な、なんかこう、怒りのオーラのようなものが上がっているようにも見えるし。

 これは下手に歯向かうと、お客のボクでも命にかかわるかも………

 それがわが子となったら………

  ゾ〜〜〜〜ッ

 せ、背筋が寒くなっちゃった!

 この子もかわいそうに………イテッ!

 ―――な、なんだ?背中に何か刺さってるような……アッ

 む、無意識なのかな?

 この子、ボクの背中に爪たててしがみついてる………イテテッ

 困ったなぁ…これじゃ前にトラ、後ろに猫だ!

 「リム、早くいらっしゃい」

 「イヤ〜〜〜ッ」

 「………」

 ま、そりゃそうだろうなぁ……微笑みながらあれだけのオーラだしてれば。

 単純に考えればボクが、このリムアって子をアリアさんに差し出せばことは済むんだけど………

 ―――でも………

 「あ、アリアさん……」

 「はい……、なんでしょうか?」

 め、目が“今は関わらないで欲しいですわッ”なんて言ってそうに見えるー!

 笑っているのに、すっごく怖いよぉ〜〜〜ッ

 「も、もとはボク達の方が悪いんだから、その、柔らかく………ね、ね?」

 「………」

 ボクは持てる勇気をすべて搾り出したつもりで一歩だけ前に、父さんと並んでアリアさんをなだめてみた。

 アリアさんは微笑みをまったく崩さないけど、なんだか吹き上げているオーラが一回り大きくなったような………

 こ、恐いよーーー!

 ―――そ、それでも、背中でここまで震えられると、なんか頼られているみたいで放っておけなくなっちゃうよ………

 「アリアさん、息子もああ言ってますし……」

 父さんも助け舟を出してくれた!

 気がついてみれば父さん、すっかり余裕の表情しているし………やっぱり頼りになるなぁ!

 「………わかりしまた…リム」

 「はひ!」

 「ラウルさんにちゃんとお礼を言っておくのですよ?」

 「は、はひ!」

 なんかこう……ボクの背中にしがみついて頭をガクガクさせてうなずいてる姿を見てると、出来の悪い妹が出来たみたいだな………

 悪い気はしないけどね♪

 ―――ただ、しがみつくのはいいんだけど…もう大丈夫なんだから、爪、立てるのはやめて欲しいなぁ………

 結局…この後アリアさんは、いくらか和らいだものの消えてはいないオーラをまとったまま部屋に戻って行って………

 それを見送った後リムアが何も言わずに、一度軽く頭を下げてから慌てて部屋に帰って行ったんだ。

 ようやく父さんと二人だけになった部屋で、ボクはすっかり脱力してその場に座り込んでしまった。

 「父さん………」

 「ん?」

 「女性って…見かけじゃ、まるで判断できないんだね………」

 「そうだな、父さんもチョットだけ驚いた………」

 「……………」

 ―――おぼろげに寝顔しか思い出せないボクの母さんがどんな人なのか……ちょっと恐くなってきたなぁ………

 ボク達父子は見た目とは裏腹に、すっごい母子の出て行った部屋の出口……

 扉が傾いてしまっているそこを、しばらく呆けた様に見ていた………

     ☆

 「ふぁ〜〜〜、よく寝たぁ」

 今朝の一件で一度はすっかり眠気もすっ飛んだけど、徹夜明けはやっぱりつらくって簡単に寝ちゃったんだよね………。

 「父さん?」

 気がついて見ると、隣のベットで寝ていたはずの父さんの姿がなくなっていた。ボクは起き上がって、窓から顔を出して空を見上げて見る。

 ―――東側のこの窓から太陽が見えない……もうお昼過ぎってことだ。

 父さんはもう話しを聞きに行ったって事か………

 「大丈夫って言っていたけど……ちょっと気になるよ」

 「あたしのリボンに触るなって、言ってんでしょーーー!」

 ―――ワッ!…び、ビックリした……あの娘の声みたいだったけど、下でなにかしてるのかな?

 もう一度窓から身体を乗り出して下を見てみる。

 そこはこの村の中央広場になっていて、やっぱりあの“リムア”って娘とボクと、同じかちょっと上くらいの男の子がいた。

 「お〜い、あんまり大きな声上げない方がいいと思うよ?」

 ―――せっかくそれだけカワイイんだから……

 とは、思ってもさすがに言えないなぁ……。

 お世辞とか、本当にそう思ってるとか、そういうの関係なしにやっぱりちょっと苦手だよ……女の子にそういう事言うの。

 「あ……た、タク、行くよ!」

 ―――あっ、あの娘と目があったけど、すぐに視線外されちゃった。

 「へ?」

 「ほ、ほら、今日は洞窟の一番奥まで行くんだって言ってたでしょ!」

 「あ…うん、そうだったな!」

 「早く早く!」

 ―――子供はいいねぇ、気楽でさ。

 もちろんボクも十分子供なんだけど。

 「でも、ボクにはやる事があるから……」

 窓から離れて、ボクの寝ていたベットにたてかけておいた剣を手に取ってみた。

 今朝寝る前に、父さんがボクに渡してくれたもの。今までの練習用の“木剣”と違って、ちゃんとした鉄を鍛えて作った“鉄剣”なんだ。

 もっとも、“刃”はおとしてあるけど……

 ―――とはいえ、ちゃんとした金属の剣。骨の一本や二本を折る事くらい、簡単に出来るよ!

 鉄剣と、細い鎖を縫い込んである上着。

 この二つが今朝父さんからもらった“念のため”のモノなんだ。

 『おそらく問題ないと思うが、この二つをラウルに渡しておくな。この剣はもうそろそろ使えるだろうと少し前から準備していたものだ』

 『そしてこっちの上着は内側に鎖が縫いこんである。刃やツメを通さないから、斬られる心配はグッと減る。

  宿屋の中にいるときは着なくても良いが、外に出るときは念の為にちゃんと着ておくんだ。いいな?』って言ってたっけ………。

 「防刃チョッキ………重いんだよなァこれ」

 いま持ち上げているボクの手に感じる“ズシ……”って来る感触。

 これを着て歩き回るのはちょっと嫌だなぁ………。とはいえ、心配してくれている父さんの事を考えると着なきゃいけないよね。

 普通は下着の上に厚い生地の上着を着てから、この手の防具は着るんだけど……。少しでも軽くしたいから下着の上にチョッキを着てみた。

 やっぱりちょっと重い………。

 「う〜ん……でもあれこれ言ってる場合じゃないもんね。

  もうお昼まわってるって事は早いところ剣の練習しにいかないと、夕食時のアリアさんの手伝いが出来ないから!」

 ボクは新しい剣、鉄剣を手に取って部屋を出た。そして一階の食堂へ降りる。

 「アリアさん、いないのかな?」

 食堂はもちろん、宿の受付でもあるカウンターにもアリアさんの姿がなかった。

 ―――それにしても、今朝のアリアさん………恐かったな〜

 顔は微笑んでいるのに、一目でわかるくらいに怒気のオーラが渦巻いていて………

 ああなっちゃうと微笑みが普段とかわらない分、かえって……

 「恐いよなぁ…」

 「何が恐いのかな、ラウル君」

 「そりゃあ、アリ……アさん、おはようございます……」

 ―――どひ〜〜〜っ!

 ―――め、目の前にアリアさんがいる〜〜〜?!

 「おはよう、ラウル君。ハイ、これ」

 「は、はひ!……あの、これは?」

 アリアさんはオーラこそ無いけど“あの時”と全然変らない微笑みで、なにか四角いものの入っている包みをボクに手渡してくれた。

 それほど重くも大きくもない物だけど………?

 「お昼のお弁当よ。昨日はなにか徹夜だったみたいだけど、今日も剣の練習に行くんでしょう?でも、ちゃんと食事はとらないと駄目よ♪」

 「あ……」

 見た目は全然同じ微笑みなのに、やっぱり違うんだなぁ……いまのアリアさんを見ているとなんだかホッとしてきちゃう♪

 「ありがとう、アリアさん♪」

 「練習頑張ってね!あと、今夜も手伝いお願いね♪」

 「大丈夫、ちゃんと昨日と同じくらいには戻ってきますから!」

 

  ◇ リムeye ◇

 「はぁ……どうしよう………」

 あたし、実は朝からため息つきっぱなしなのよね〜……理由は分かってるんだけど。

 「……ふぅ」

 ―――やっぱり、かばってもらったんだよね………今朝の。

 どうしよう……あたし、“ありがとう”って言えなかったんだよね………

 ちゃんとお礼しないと、ヤッパリ嫌なヤツに見られちゃうかな?

 ……………

 ………

 …

 やっぱり、いまさら“ありがとう”なんて言いにくいよぉ………

 思いっきり変態呼ばわりしちゃったもんねぇ…あたし。

 「………はぁ」

 ―――どうしよう………

 「どうしたんだ、リム?

  ため息ばかりついて、らしくないなぁ」

  ポンッポンッ!

 「悪かったわね!あたしだって悩む事だって………あ!」

 ポンッポンッ!ってあたしの頭………あたしのリボン!

 「たぁくぅ……、あたしのリボンに触るなって、言ってんでしょーーー!」

 「あ、ゴメン!」

 ―――ゴメンですむわけないでしょ!

 ―――イライラしている時にあたしを怒らせた方が悪い!食らえ〜〜ッあたしの鉄拳……

 本当は爪を使った方が強烈だけど、“痕”も残っちゃうし、それはあんまりだからグッ!と拳を握り締めて……

 「お〜い、あんまり大きな声上げない方がいいと思うよ?」

 ―――え!?こ、この声って………あ!

 目が合っちゃった!

 あ、あたし、まだどうやってお礼言えばいいのか思い付いてないのにッ

 ど、どーしよ!

 「あ……た、タク、行くよ!」

 「へ?」

 ―――と、とりあえず、離れなきゃ!

 ―――あたし、どうすればいいのか……わかんないんだもンッ

 「ほ、ほら、今日は洞窟の一番奥まで行くんだって言ってたでしょ!」

 「あ…うん、そうだったな!」

 「ほら、早く早く!」

 戸惑うタクの背中を、無理矢理に押すあたし………

 ―――こ、こんなハッキリできないあたしなんて……らしくないよぉ!

 

  ☆ ラウルeye ☆

 「ふぅ〜、しあわせ〜♪」

 いまボクは、上半身を裸のままで、岩の上にゴロンと横になって太陽の光を浴びている。

 夏のキツイ日差しと言っても、もう大分傾いているからそこまで暑くない。

 それにボクの横になっている側では、さっきまで水浴びしていたあの湧き水が音を立てているから結構涼しい♪

 今日は昼過ぎに起きて、新しい剣で練習して、アリアさんからもらった弁当も美味しくって、練習の仕上げもうまくいって、リムアの罠も全

 部避けて、誰もいないのを確認してから水浴びして………な〜んにも問題の無い一日で、なんか幸せ〜♪

 ここで気絶させられて、さらに宿の食堂でブン殴られた昨日とは大違いだよ。

 「そりゃ、昨日もいい事は一つだけあったけど………この水浴び場で………テヘ♪」

 ―――ボクも“男”なんだから、ある程度は自然な事さ、ウン!

 自分でもちょっと勝手かな?って思っちゃうような納得をしながら、空を見上げてみる。

 もうすっかり日も傾いて、空に浮かぶ雲が朱く染まるのもそんなに先のことじゃないみたいだ。

 「もう、戻った方がいいかな?夕食時まで、まだ少し時間はあるとは思うけど………」

 自分で、自分に問いかけながら上半身を起こしてみた。

 ちょっと前までしていた練習の間は、着ていた鎖チョッキも今は脱いでる。だから重りが取れて、身体が軽いんだよね。

 「……………」

 きっとリムアって娘と昨日の男の子達が入っていったんだろうと思う、洞窟の入り口でさっきまで練習していたけど………

 ―――まだ、戻って来ていないような気がする……な。

 「……そろそろ戻ろッかな」

 日が傾いていると言っても、まだ十分明るいしここは彼女達が生まれ育った町なんだから。

 ちょっと遅くなって暗くなったからって、帰れないようなことはないさ。

 大体ボクはあの洞窟がどれくらい奥まで続いているのも知らないんだから………

 「ちょっと気になるけど………」

  ☆

 ―――それは、夕御飯を食べに来る村の人達が最も多くなる時間に始まったんだ………

 今日はよく混んでいて、ボクは昨日と同じ料理の下準備から、川魚の塩焼きのような比較的簡単な料理をまかされていた。

 文字通り右に左にと、走り回っても追いつかない状況だったんだ。

 それくらい忙しい日だというのに、ある女性のお客さんが来た時……アリアさんは足を止めて何やらその場で女性と話し込み始めたんだよ。

 当然その分ボクがいそがしくなるわけで………

 「アリアさーん!」

 とまあ、すぐに助けを求めらざる得ない状況になってしまう。

 簡単な料理はまかされたと言っても、残る大半の注文はアリアさんが作るしかないのだから当たり前だと思う。

 アリアさんも最初はボクが呼んだらすぐに厨房に戻って来てくれたんだけど………

 「アリアさ〜ん、お客様にお支払いを待っていただいているんですけど……」

 「ラウル君、ごめん。やっておいて!」

 「い、いいんですか?」

 「ラウル君の要領の悪さを信頼しているからね!」

 「あははは………」

 ―――喜んでいいのか、良く分からないなぁ……

 そんなやりとりをしているうちに、再び女性のお客様………今度は二名が来て、最初の女性とアリアさんとの間に入っていった。

 ボクのいるところからでは、何を話しているのかはまったく聞こえないんだけど………

 「どうも、あまり良い話しではなさそうだなぁ………」

 三人の女性、そしてアリアさんを入れて四人。なぜかみんな浮かない表情、不安げな感じの顔をしているんだ。

 そんな観察をしている間にも普通のお客様が出て入って……

 何とかアリアさんへの負担を軽くしようとボクも頑張ったけど、ボクに出来ないものはどうにもならない。

 「すみません、ボクがアリアさんの半分くらいでも料理できればいいんだけど………」

 「ううん、ラウル君はしっかりしてるわ。私の期待以上に頑張ってくれてる。

  馬鹿は、私の娘のリムよ!今朝はラウル君のこともあって見逃してあげたけど、今度は帰ってきたらしっかりお仕置きしなきゃ!」

 声を荒げたアリアさんに、ボクは思わず足を一歩引いた。

 ―――け、今朝のアリアさんだ………

 あれほどの怒気のオーラはまだ感じないけど、確実に怒ってるよ……アリアさん。

 「……なにかあったんですか?」

 「帰ってこないのよ、リムやいつもリムと一緒にいる子供達が」

 「え?」

 ―――帰っていない……って洞窟の中から?

 ―――それとも村に帰っていないって事?

 「私のところのリムと、最初に来たお母さんのお子さんの男の子がいつもこの村の子供達の先頭になってあれこれ指揮してるのよね。

  そして今日もどこかに遊びに行ったっきり戻って来ていないのよ………」

 「で、でも昨日帰ってきたのはもっと遅かったような……?」

 「家に帰ってきたのはね……村の中にはいたはずよ。じゃなかったら今日のように皆さんが集まってくるはずだから………」

 その後アリアさんは料理をしながら、あの娘の昔話を少ししてくれた………

 アリアさんから聞いた限りでは、こういう事は初めてではないらしいんだ。

 その時は縦穴に落ちて抜けられなくなった仲間を助けようと必死になっていたらしいんだけど………。

 「ウチのリムはともかく、今日は他のお宅の子が誰も帰って来ていないらしいのよ。普段ならもう帰って来て当たり前なのに」

 「……それってつまり………なにかあったかもしれない、ということなんでしょうか?」

 「………」

 ボクの疑問に、アリアさんは何も言えないようだった………

 ―――父さん風に判断すると、“なにかあったと思うには早く、でも手後れになるようなことにはしたくない………

 二つの感情の板挟み!”って感じかな?

 でも、どう考えても“わからないから気になる”って言うなら、早いところハッキリさせた方がいいさ!

 「アリアさん、あと、お願いしますね」

 「……え、ちょっとラウル君?」

 ボクは厨房から出て、アリアさんから借りたエプロンを手早く脱いだ。

 そして迷わずに部屋に戻り、今日初めて使いだした“鉄剣”をとって再び食堂に戻る。

 「ラウル君?!」

 「ジットしているのって、嫌いなんですよ。アリアさんは厨房の事があるし、ボクがひとっ走り行ってみます」

 ―――お母さんに……アリアさんにこれ以上心配かけちゃ駄目だよッ

 「ひとっ走りって……リムたちを探すって事?ち、ちょっと、まだこの辺の事を何も知らないラウル君じゃ……」

 「心当たりはあるから〜♪」

 アリアさんに手を振りながら厨房の前を横切って、一目散に出口へ………いこうと思ったけどちょっと寄り道。

 ボクは不安げな表情を隠せない、きっとリムアの友だち達のお母さん達がいるテーブルに寄った。

 「皆さん、お子さん達がどこにいっているか知っていますか?」

 「あ……あなたは?」

 ボクの突然の質問に、みんな戸惑っているみたい……

 まぁ、無理もないけど。

 「ボクはこのアリアさんの宿の一室を借りている、旅の親子です。あ、当然“子”の方ですから」

 「……あの、それでなにか?」

 ―――ム……人がせっかく場をなごまそうとしているのに………

 「皆さん、普段ならお子さんが戻ってくるはずの時間に、誰一人として戻っていないことが不安でここに集まられているんでしょう?

  それならこんなところで集まって色々悩んでいるよりも、動いた方が早いですよ?」

 「そ、それはあなたのような子供に言われなくてもわかっています!」

 ―――子供、大人……ねぇ。今はそんな事が大事じゃないんじゃないのかな?

 「なら探しませんか?」

 「だ、だから、誰がどこを探すかこうして………」

 「普段から子供の話題に耳を傾けてくれれば、きっとどこで何をしているか知っているはずですよ♪」

 「そ、それは………」

 「ボクは近くの洞窟の中を捜してみます。それでは!」

 ボクは踵を返して、今度は真っ直ぐに食堂を走り出た。

 きっとあれこれ言われているだろうなぁ〜〜〜

 ―――う〜ん……チョット大人げなかったかも………

 ―――まぁ、ボクは子供だし……いっか!

 

 ◇ リムeye ◇

 「……………」

 明かりの何もない、完全に真っ暗闇な世界にあたしは一人でたたずんでる。

 ううん、正確に言うなら“倒れたまま動けない”って言うのが正しいよね。

 足も、腕も動かないんだもん………

 ―――な、なんでこうなるのかな………

 ―――いつもの洞窟で、いつも通りにみんなと遊んでいたはずなのに……

 声に出したくても、声が出せない…

 あ、頭に一発もらっちゃたから……まだしばらくは動けないよね………

 ―――こんなとこ、あいつに襲われたら………

 こ……恐いよぉ、お母さん…お父さん………

 助けて…リボン……ナ………

 ☆ ラウルeye ☆

 「何だって?!あのリボンの娘が消えたってのはどういう意味だよ!」

 「……そのままの意味だよ」

 思わず声を荒げてしまったボクに、彼はバツが悪そうにそう答えた。

 彼ってのは昼間、リムアにリボンを触って怒られていた男の子……

 ―――たしか、“タク”とか呼ばれていたな、この獅子人の子………

 彼等を見つけるのは簡単だった。

 うっそうと茂る森の中、月明りもほとんど届かなくてボクは松明の明かり一つを頼りに走った。

 松明の明かり一つでは、全力疾走するのは辛かったけど、それでもボクの心当たりが、この二日練習の場としてきた“あの洞窟”だったか

 ら、たどり着くのはそれほど難しくはなかったんだ。

 ―――予想通りある程度近づけば、彼等の持つ松明の炎が揺らいでいるのがすぐに見えてきたからね。

 ちょっと安心したものの、あの特徴的な翠色の髪が見えなくて聞いてみたら………

 「俺達、今日はあの洞窟の奥の方まで探検しに行ったんだ。そしたら化け物に襲われて………」

 「化け物?どんな?」

 「俺の倍近くありそうな、デッカイ図体した爪の鋭い奴だよ………」

 タクって奴が、背伸びして更に手を高く伸ばして見せる。それをそのまま信じたら下手な熊人よりもデカイ事になるなぁ……

 ―――世界には妖精や精霊、そして妖魔がいることは話したよね?

 ―――ボクの父さんのような冒険者は“妖魔”とか、“怪物・化け物”とか呼び方である程度区別がつくんだけど、普通のみんなには全部“化け物”でまとめられち
ゃってるから……こういう時不便なんだよね………

 「最初の一匹目は俺がなんとか追い返したんだけど………」

 「一匹目?」

 「ああ。俺が相手をしている間をつかって、リムに他のみんなを洞窟から急いで脱出させるように頼んだんだ」

 彼の言う“みんな”ってのを見てみると……なるほど。確かに彼やリムア、そしてボクよりも幼い感じの子ばかりだ。

 化け物ってのがどれほどのものか半信半疑だけど、これなら相手がどんなんでも“戦えッ”てのは無理かもしれない………

 「リム姉ちゃんが一番後ろ、僕が一番前で外に急いでいたんです……」

 「そうしたらその途中でタク兄ちゃんが相手をした化け物と同じようなのが現れて、それでリム姉ちゃんが………」

 「あたしが相手をしている間にみんな外に逃げてって………」

 ―――このタクって奴も、リムアも、それなりにみんなを仕切っている立場ってのがわかっていたんだな……

 「それで、お前達はここでなにしてんのさ」

 「え?」

 ボクの質問に、みんなが意外な顔をしてしまった。

 この質問に対しては、あのタクって奴も他の子と同じだよ。

 「リムアが戻ってこない、こういう時になにやってんのさ?ここで!」

 「なにって……俺がもう一度戻って探してみたけど、どこにもいなくって………」

 「そんな事は、見ればわかるよ!

  ボクが言ってんのはそんな事じゃない。こんなところで途方に暮れている場合じゃないだろ!」

 ―――ちょっとキツイかな……でも、ここでハッキリさせないと!

 「…………じゃあ、どうすれば」

 「決まってるッリムアって娘の救出だ!

  タク……だったよね?」

 「あ、ああ。俺がタクだけど……」

 ちょっと戸惑いながら獅子人が答えてくれた。

 「君さ、探しにいったなら、リムアがどこら辺で消えたか詳しく聞いてる?俺を案内できる?」

 ボクの質問に、彼はすぐにうなずいてくれた。

 よし、それなら話しが早い!

 「ならタク、君がボクをリムアが消えたあたりまで案内してくれない?

  それと、後のみんなはすぐに村に戻って、この事を村の人に話すんだよッ

  特に食堂のアリアさんを最優先に!!」

 「で、でも……」

 ―――あああッイライラする!今更この事で怒られるから……なんて考えてるんじゃないだろうな?!

 「あのね、急がないと……」

 「何をすればいいかわかったなら、みんな早く動くんだ!

  最悪、リムが危ないんだぞ!」

 あ……ボクが言おうとした事、タクに言われちゃった………

 ま、いいか……そのおかげでようやくみんなの顔に危機感が出てきたから………

 チョット寂しいけどね、ボク………

 ―――あれ?血の……におい??

 「ジグル、お前がみんなを連れて今日起きた事を村のみんなに伝えるんだ。俺はこいつと……」

 「ラウルって言うんだ」

 ―――まさか、こいつ………

 「………このラウルと、もう一度リムを探してくる」

 ジグルっていう子、おそらくタクを除けば彼が一番の年上なんだろうな。彼は一つうなずいて、割と手早くみんなをまとめ始めてる。

 「それじゃ行こう、タク!」

 「わかった。こっちだ……」

 ボクはタクの案内で、洞窟のなかに入って行った………

    ☆

 「落ちたね、きっと………」

 それがボクの率直な感想だった。

 タクの案内で洞窟の中を歩いてきたボクは、リムアがみんなと離れたという所から少し先に横穴を見つけていた。

 「何でこんな所に?」

 タクが不思議そうに声を上げてる。

 ―――……まぁ、普通に考えればここから“落ちる”というのは理解しにくいかもしれない。

 ボクが見つけた横穴は、実はタクもすでにさっき捜しに来た時に気付いていたらしい。

 だけど、ここから彼女が落ちたかもしれない……と考えなかったって。でもそれは、無理もないかもしれないな。

 この横穴、普通に洞窟の中を歩いていれば……ボクらの胸の高さくらいの、少し登った所に開いているんだ。

 「まともに考えたなら、わざわざ落ちる為に壁を登ろうなんて思わないからね」

 「だろう?」

 ―――でも、彼女が化け物と争っていたのなら、それもそれなりに大きな奴と………

 ボクは横穴の縁に登ってみた。

 中は当然真っ暗で、何も見えない。

 「松明の予備、持ってる?」

 「ああ」

 タクから予備の松明を受け取って、今まで使っていた松明から火を移す。そして今まで使っていた松明を中に放り込んだ。

  カンッ コンッ カコンッ

 「な、なにやってんだよ?

  もったいないじゃないか、まだ使えるのを捨てるなんて……」

 「違うって!どこまで落ちるか見て、深さを調べるんだよ!」

 「………な、なるほど…」

 ボクは内心苦笑いしながら松明の行方を改めて確認してみた。

 松明は何度か跳ねて落ちていき、それほど深くないところに転がって止まったみたいだ。

 ―――割と緩い斜面になってるな……それにそれほど深くない。

 ―――これなら無事かもしれないな………行ってみようッ

 「どうだ?」

 「……ボクが降りてみる。悪いけどこれの端を持って、洞窟の外で待っていてくれない?」

 ポケットから糸車を出して、その糸の端を彼に渡した。

 「お、おい、俺も行くよ」

 「だめだよ。君は出口を確保してもらわないと。きっと長くせずに父さんや村の人も来るだろうから、その時の道しるべも必要だし……

  それに…」

 「それに?」

 「……………ここだろ」

 「ん?……ッガ!」

 しばらく考えてから、ボクは一度横穴の縁から降りてタクの身体を軽く指で弾いてみた。途端にそれまで平然としていたタクが顔を歪めた!

 ―――やっぱり……ずっと無理してたんだろうなぁ

 「君の言う化け物と戦った時に、怪我してんだろ?みんなの前で情けない姿を見せたくないのはわかるけど、君はしばらく戦えないよ」

 「だ、だからって、一人であいつと戦わせるなんて………」

 「まだ戦うって決まったわけじゃないよ。

  それに、ボクの強さは、もう知っているでしょ?」

 ちょっと笑ってみせた。

 ボクと彼とは、もう一度戦った事がある。まぁ、一対一の真剣勝負ではなかったけどね………

 「…そうだったな、お前はあの時リムに抱き着きやがって………」

 ―――な、なんか、すごい怒っているような………ひょっとして?

 「ひょっとして、キミさ、リムアって娘に惚れてる?」

 「…(かあぁぁぁっ)…わ、悪いか!」

 ぷぷぷっ

 顔、真っ赤にしてやんのッ

 なるほどねぇ、少しくらい無理してでもカッコ良く助けに行きたいわけだ。

 でも、今のままじゃ犬死にしに行くようなもんだよ………

 ―――いや、この場合は“猫死”にかな?

 「無理する気持ちはわかったけどさ、ここは我慢しないと。

  その怪我でもう一度その化け物と勝負したら、今度はどうなるかわかるでしょ?」

 「………お前、リム…リムアの事、どう思う?」

 「どうって………」

 ―――ひょっとして、ボクがあの娘に気があるか気にしてるのかな?

 ―――そりゃカワイイと思うけど………

 「カワイイとは思う」

 「そうだろ!なんせあのアリアさんの娘だもんな、カワイイのは当たり前って気もするけどさ♪」

 「けど、お転婆で、とんでもない馬鹿力ですぐ殴るし………」

 「オレは、それはそれでやっぱりカワイイと思う!」

 「……………」

 「それに、殴られたのはお前が悪いだろ?」

 「そ、そりゃあ……わざとじゃないけど、それなりに悪かったと思ってるよ」

 「ウン、とりあえずそれがわかっていれば良し!………(コホンッ)とにかく、リムはオレの幼なじみで、俺が先に……」

 「ストップ!言いたい事は大体見当がついたから」

 ―――なるほど、そういう事か。

 「だけどさ、それは取り越し苦労って奴だよ。どうせボクは長くせずに、また父さんと旅に出るんだから関係ないよ」

 「そ、そうなのか?」

 「うん。早ければ明日か明後日にはこの村を出て行くと思う。長くいることになってもせいぜい十日くらいじゃないかな?

  もし、ボクが彼女の事を好きになるような事があっても、すぐにお別れだよ」

 ―――ボクが人を好きになったって、どうせ………

 「そうか………」

 「わかってくれた?

  それならボクは行くから、ここでグズグスしていると急いできた意味がなくなりかねないからね……永久に」

 「!…ラウル、リムの事を頼む!」

 「まかせてよ!ンじゃッ」

 ボクは横穴に飛び込んだ!

 中は“たて穴”としては緩やかだけど、それなりには急な斜面。

 ボクはうまくバランスを取りながら、さっき落とした松明を目標に両足で滑りながら降りて行った………

     ☆☆

 「………」

 さて……と、どっちに行くべきかな………

 落とした松明を拾って、両手に掲げながらあたりを照らしてみる。

 そこはまるで通路のようで、ボクが立ったまま歩けるくらいの横穴が左右に続いている。

 「これは……ひょっとすると大モグラの巣に続いているかも………だとすれば、ちょっとマズイな」

 特に意味はないのだけど、押さえた声を出しながらあたりを観察してみる。

 彼女を捜す、何かの手がかりがあれば………

 ―――大モグラってのは、その名前の通りにボク等獣人と同じ位の、背丈が大きなモグラの事。

 元は言葉も通じた心優しい存在だったって事も聞いたことある。

 けどボクが知っている大モグラはとても強暴で、人を襲ったりするんだ……

 「急がないと、あの子が危ないしなぁ。いったいどっちに……」

 気持ちばかり焦って、この通路の中をあてもなく走ろうとした。そのボクの脳裏に父さんの言葉が浮かんできた。

 『本当に困って、焦っててるときこそ落ち着くべきなんだぞ、ラウル』

 『そして落ち着こうとして、落ち着く事が出来たなら、その時はまだ何かの方法がある。可能性があるんだ』

 『本当になにも方法がない、可能性がない時は、いったいこれからどうなるかをすべて悟ってしまっているはずだ』

 ボクはまだリムアって子がどうなっているのか、知らない。悟っていないってことは、何かが出来るはずなんだ。

 落ち着かなきゃ………

 でも、落ち着いてどうなるっていうんだ?

 なんでも落ち着けば、いきなり活路が見つかるわけじゃ………

 「……あれ?」

 ―――花の香りがする……まさか、この洞窟を掘った大モグラがメスで、自分の巣に花を飾ってるってわけじゃないだろうし………

 「………こっちだ!」

 いちかばちか、ボクはこの香りをたどる事にした!

 まさか襲われている彼女が、花束を持って逃げたとも思えないけど……それでもあてもなく走るよりはいいさ!………きっとッ

 ―――こんなのタクに聞かれたら、後で殺されかねないなぁ………

 「無事でいてくれよぉ〜〜〜!」

 

  ◇ リムeye ◇

 「はぁ……はぁ…はぁ」

 あ、足が、左足首が痛い………

 落とされた時に、くじいたのかな……

 でも、そんなこと言ってられない……早く、早く逃げないと!

 あれからどれくらいたってるのかな?

 ようやく自分の身体が動くようになって、とにかくその場から離れようとしいる真っ最中。

 でも、動くと言ってもようやく歩ける程度。頭はクラクラするし、左足は引きずってるし………

 「みんなどうしてるかな……無事に外に出られたのかな?」

 ―――あたしがいないこと、気付いてくれてるのかな……

 ―――あたしのこと、心配してくれているのかな……

 ―――あたしを、捜してくれているのかな……

 「…う……ひっく…あたしを助けて…よ、リボ……!」

 あたしは頭に手を伸ばして、いつもやるようにリボンに触ろうとして……そしてその事実に気がついたの!

 ―――リボンが……なくなってる!?

 「そんな!………あたし、どこで…」

 あれはあたしがずっと大切にしてきた、お母さんからもらった大切な……

  ドンッ!

 「プッ!」

 慌てて振り向いたあたしの真ん前、つまり今まで歩いてきたはずの所に………壁があった。

 「な、なんでいきなりか…べ……」

 あたしはいきなり現れたそれが、壁じゃないことにようやく気がついた。

 ゴワゴワした肌触り……

 チクチクと手に刺さりそうな体毛……

 大きく振り上げられた右手………

 あたしはようやく気付いた………これは、あの“化け物”なのだと。

 「キ…キャ………」

 「よけろぉぉぉ!」

 ―――え?!

 

  ☆ ラウルeye ☆

 「このあたりが一番、“香り”が充満しているみたいなんだけど………」

 すっかり広がってしまっているせいで、“花の香り”の元を捜すのに少し手間取ってしまった。

 けどようやくその“香り”の元があると思う所についたんだ……けど。

 だけど、そこには一輪の花もなかった………

 「おかしいな……確かにこのあたりに香りの元があると思うんだけど………ん?」

 あたりを見回していて、足元になにかあることに気がついた。かがんで手にとって見ると……

 ―――赤いリボン?

 「……いや、これは血で染まっているんだ!」

 ここにあの娘がいた?!

 それも頭に怪我をしている!

 ―――まずい!早く助けないと………

 『そんな!………』

 「!」

 誰かいるッ…奥?

 迷ってる暇はない!

 頭を打たれて、下手に動くと……

 ―――……死!

 考えたくもない文字が脳裏に浮かびあがり、ボクは慌ててかき消しながら走った!

 緩やかに曲がる通路の向こう………あの後ろ姿は、やっぱり大モグラ!?

 その大モグラが、腕をゆっくりと振り上げて………ということは、まさか死角になってる向こう側にあの娘がいるッ?

 ―――駄目だ!このまま走って行ったって間に合わないッ

 ―――いっぱつ、一発だけでいいから……

 「よけろぉぉぉ!」

 

  ◇ リムeye ◇

 ―――え?!

 突然大きな声で叫ばれて、とにかく反射的に後ろに跳んだ!

 ……つもりだったんだけど、くじいてしまった左足がうまく動かせなくって、あたしは左側へ倒れちゃった!

 それでも、なんとかこコイツの一発目はかわせた!

 ―――でも、誰?いまの叫び声?!

 「馬鹿ッ油断するなッ」

 あたしが一瞬、ほんの一瞬あたりを見て誰が来てくれたのか見ようとした間に、“化け物”はまたあたしが気付かないうちに腕を振り上げて

 る!

 当然あたしは慌てて逃げ………

 「ツッ!」

 駄目!左足が動かないッ

 このままじゃ……!

 「あ………」

 見上げたあたしの瞳には、再び右腕を大きく振り上げた“アイツ”の姿だけが見えて……そして一瞬にして何も見えなくなって……………

  ドンッ!!

 ものすごく強い力で、弾き飛ばされた………

     ◇

 一瞬………ううん、きっと一呼吸くらいは気を失っていたんだと思う。

 あたしが、ものすごい力で弾き飛ばされて……そして気がついたら、動かせないほどしっかり頭を抱かれて地面に倒れてた。

 ―――え?頭を抱かれてるって……これ、誰?

 あらためて自分の姿を見てみたら、あたし……額を相手の胸に押しつけられて………そして全身ピッタリくっつけて抱かれてるゥ!

 な、なんでこうなるわけ?!

 だ、大体さっきまで化け物に……

 「あっ!」

 「シッ………」

 あたしを抱いていたこの人、口に人差し指を立てて見せてからそっと地面に寝かせてくれた。そして一人だけ立ち上がって……

 「ちょ、ちょっと?」

 「キミはそのまま横になっていなよ。頭、打っているんだろ?」

 「う、うん………」

 な、なんであたしが頭を怪我している事知ってんだろ………

 怪我したのはついさっきだし、この人が来たのはたった今の事のハズなのに?

 ……う〜ん、顔…見えそうで見えないし………

 「それなら絶対、無茶をしちゃいけないよ。

  父さんが言っていた事だけど、人の頭ってのは見た目の傷がなくても強く打ってると危ないんだってさ」

 「え?お父さん?」

 「うん。ボクの母さんは、ボクが物心を持つ前から眠ったままだから………」

 え?え!え?!

 な、なんか悪い事、聞いちゃったかな・……

 「あの…ごめんなさい……」

 「え?あははっ、全然大丈夫だよ。だって、母さんは死んだわけじゃないもん………。

  ボクにもまだ、母さんの笑顔を見れる可能性は沢山あるんだから」

 「???」

 い、いったいどういう事???

 眠ったままって……死んじゃったって事じゃないの?

 「とりあえずお喋りは後にしようよ、なるべく早くケリつけちゃうからさ♪」

 「う、うん……あの、名前聞いていい?」

 「?こんなときに変な事を聞くんだね。ボクはいまキミのお母さんのところにお世話になってる、ラウルだよ」

 ―――………え?ええーーーーー!

 あ、あたしがまだ今朝のお礼が言えないで悩んでた、あの“変態スケベ男!?”

 う、うそォ〜〜〜………

 

  ☆ ラウルeye ☆

 「とりあえずお喋りは後にしようよ、なるべく早くケリつけちゃうからさ♪」

 ―――逆に言うと、早く着けないとヤバいンだよね………

 いま松明はボクがここに入ってきた、入り口の方で燃えている。 

 彼女を大モグラの爪から守るときに放り出してきたんだけど、いま思うとちょうど良かった。

 理由は……あの娘に今は背中を見られたくないから。今なら背中を向けても、逆光で見えないはず。

 「う、うん……あの、名前聞いていい?」

 「?こんなときに変な事を聞くんだね。ボクはいまキミのお母さんのところにお世話になってる、ラウルだよ」

 ………そっか、さっき走ってきて飛びついた時から、ボクが立ち上がるまでの間に顔を見るチャンスがなかったんだな?

 ぷぷぷっ、驚いてるみたいだ♪

 ―――さて、動けなくなる前に確実にケリつけないといけないよね………

 いま、ボクの背中ではきっと三、四本の爪痕から血が流れている。

 さっき大モグラの爪から彼女をかばった時に、背中をえぐられた。

 それだけでも早く止血しないと目眩を起こして立てなくなるのに、もう一つ問題があるんだ。

 大モグラのツメの毒………

 死んじゃう可能性は低いって父さんは言ってたけど、問題はその毒が麻痺しちゃうものだという事………

 ボクはまだ使いだしたばかりの鉄剣を、腰の鞘から抜いた。

 ―――この頼りになる重さがもうすぐ、いたずらに重いだけになるんだ……その前に何とかしないと!

 ボクは両手でしっかりと剣を構えて、それまでこっちを観察するみたいにボーッと立ったままの大モグラにゆっくりと間合いを詰める………

 動けば動くほど、麻痺が早く始まる……だから一度の攻撃でなんとかしたいなぁ。

 でも間合いは、ボクが剣を使ってもおそらく同じくらい。

 「父さんの言う事聞いて、ちゃんと防塵チョッキ着てればこんな焦る事なかったのに………失敗したなぁ」

 いつもこうなんだよな……“父さんの言うこと聞いてれば”ってさ。

 ボクが父さんと肩をならべられる日って、いったいどれくらい先なんだろ?

 「……セッ!」

 剣を正眼に構えたまま、思いっきり踏み込む!大モグラは奇声のような鳴き声を上げて、右手を振り上げたッ。

 大モグラにしてみれば、獲物を横取りした奴がさらに刃向かってきたんだから……怒ったのかもれないなぁ。

  ぶんっ!

 「…ワッたったったっ!」

 振り上げた手を、ボクの真上から叩き潰すように振り下ろす瞬間を見極めて………って思ってたら、想像以上に早くてビックリしたぁ!

 それでもボクは大モグラの右手のさらに右、ボクにとっては左に全身を動かしてかわすことが出来た。

 驚いた分バランスも崩れ気味だったけど、スキだらけでガラガラのモグラの右脇に鉄剣を叩き付ける!

  ごん……

 「い?」

 思った通りの攻撃に、考えた通りにかわして懐に潜り込んで、予定通りに反撃!……と出来たんだけど………

 「な、なんか情けない音を立てて跳ね返されたような………」

 慌てて間合いを取りながら、モグラの様子を見てみる……

 ―――…までもないよなぁ…まるで効いてないよぉ。刃、ないもんなぁ、この剣………

 ―――ちくしょう〜、どうしよ……いつしびれてくるかわからないのに!

 「ち、ちょっと、全然効いてないみたいだけど、大丈夫なの?

  なんならあたしが手助け………」

 「馬鹿!寝たふりしてなきゃ……この手の化け物ってその場でもっとも弱い者から………ッ」

 少し広めに間合いを開けながら、肩越しに後ろの彼女を見て注意……したけど、もう遅かった!

 ボクが目を離していた隙に、バタバタとボク―――いや、その後ろで上半身を起こしたリムアめがけて大モグラが走り出したッ!

 「ほらぁ、言ってる側から狙われてるじゃないか!」

 「そ、そんなこと言ったって……あたしはあたしなりに!」

 ―――そりゃ、気持ちはうれしいけどさ………

 「これだけ大きなモグラの突進を止めるなんて、まともにやったんじゃボクくらいの身体では不可能に近いんだぞ!」

 もともと走るのは苦手なはずで、大したスピードではないけど……とにかく身体の大きさが、重さがボクとじゃ違いすぎる!

 いくら足が遅いっていっても、彼女を抱き上げて逃げきれるとは思えないし………。

 こればっかりは父さんだって、真っ正面から受け止めるなんてことは出来ないよ!

 ……きっと、ね。

 ―――ひょっとしたらやってのけるかもしれないけど………

 「じゃ、じゃあ、あたしは自分でなんとかするから、あんたは逃げなさいよ!

  もともとあたしのドジのせいでこんな事になっているんだし!」

 「………このッ」

 ―――そんな事出来ないよッ!

 ―――こうなったら、賭けだい!

 あの娘が何か言ってるけど、そんなの聞いてる暇はないッ

 ボクはそれまで、ポケットの中で転がしていた“糸車”を取り出した。それを右手でしっかりと握り締める………

 ボクは常に大モグラとリムアの間にいる位置に立つようにしていたけど、もうリムアはすぐ後ろ………

 これ以上一歩でも下がるわけにはいかない。

 でもアイツはあと数歩でその爪が届くところまで来てるッ!

 ―――ただ当てるだけなら外す方が難しいくらいの距離、でもこの賭けは当てる場所が問題!

 「……くらえーーー!」

 ボクは小さく息を吸ってから、思いっきり糸車をモグラに投げつけた!

 そして呼吸を止めて、そのまま思いっきり地面を蹴る!

 ちゃんと狙ったところに糸車が当たったか、それよりボクが期待している通りになっているか……そんな事見ている余裕なんてないッ

 ―――ここからが賭け、いざ勝負だい!

 「わあああああっ!」

 絶叫して二度三度と地面を蹴った直後の、ボクの右肩にとても強いショックが走った!

 さあ、ボクはこの賭けに勝てるのか?!

 

  ◇ リムeye ◇

 「じゃ、じゃあ、あたしは自分でなんとかするから、あんたは逃げなさいよ!

  もともとあたしのドジのせいでこんな事になっているんだし!」

 そ、そうよ!

 ちょっとドジしちゃってこんな事になっちゃったけど、あたしだって結構強いんだから!

 「あ、あんた私の事をただのお荷物にしか見てないでしょ!あたしだって、油断さえしなきゃあんなモグラなんかにこんな目にあわされたり

  しないんだから!さっさと逃げちゃいなさいよっこんなモグラ、あたし一人でだっ…て……ち、ちょっと、聞いてるのッ?」

 ―――い、言いすぎちゃったかな?

 ―――な、なんか握り締めてるし………

 「…(すぅ)…くらえーーー!」

 「キャッ」

 ………あ、あれ?

 “くらえっ”ってモグラに?………で、でも何したんだろ?

 大モグラ、止まったわけじゃないけど、顔を押さえてる………?

 「わあああああっ!」

 え?

 あ、アイツ、真正面から突っ込むつもり?!

 顔を押さえて足が鈍ったみたいだけど、まだモグラは勢いを残してこっちに走ってんだよッ

 逃げるなら、横に逃げなきゃ!

 まともに行ったら絶対止められないって、自分で言ったじゃん?!

 これだけ大きさに差があるんだから、無理だって!

 ―――あたしが、なんとかしなきゃ!

 左足はまともに動かせないから、なんとか右足で立って………

 そして向こうにある松明まで行ければ、あれを武器に……

 『……ぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

 ―――え?

 あたしがなんとか立とうともがいていると、とても人のものとは思えない悲鳴が辺りいったいに響いた!

 あたしが驚いてアイツの方を見たら………

 「う、ウソ………」

 アイツの剣先が天井に向いて高々と伸びて……そして大モグラの胸から血しぶきが宙に舞っていたの!

 ―――さ、さっきはまるで刃が立たなかったくせに、なんでいきなり……いきなり斬れるようになったの!?

 「“ウソ”じゃないよ。ボクが本当の本気になれば、こんな大モグラなんて初めから敵じゃないンだい!」

 言うだけ言ったらアイツ、両手で持ってる剣を肩に担いだ。そして突然自分の胸が切り裂かれたことに驚いてるモグラから一歩離れて………

 「これで……終わらせてやる!」

 グッ…と膝を曲げて身体を沈ませると、思いっきり跳んだ!

 それも天井ギリギリくらいに………軽くあたしの身長くらいは跳んでる!

 「でやぁぁぁぁぁぁ!」

 空中で一度大きく胸を張って仰け反る様にしてから、上半身の力すべてを使って肩に担いだ剣を振り下ろす!

 その剣先は当然………!

  ガッゴォォォン………

 ―――きっと洞窟中に鳴り響いたんじゃないかな?

 そう思えるくらい重くて鈍い音があたりに鳴り響いたよ………

    ◇

 「……………」

 「………ふぅ、ケリついたみたいだ。大丈夫?」

 しばらくモグラが起き上がってくるのを警戒していたのかな、あたしとモグラの間に立ってしばらく様子を見ていた……ら、ラウルだっけ?

 と、とにかく彼が、まだ地面に横になっていたあたしに手を差し出してくれた。

 あたしはちょっと躊躇してからその手をつかんで……たのに、彼は逆にあたしをまた寝かせた?

 「……どういうつもり?」

 「ごめん。よく考えてみるとキミ、頭打ってたんだよね?立つよりそのまましばらく横になっていたほうがいいよ」

 「……でも、早くここから脱出した方が良くはない?」

 少なくとも大モグラは二匹いたはずだし。

 タクが最初の一匹を倒してしまったなら、もういないかもしれないけど………

 「……ここなら、剣を振り回すだけの広さがあるからね。脱出の途中で襲われて、まともに戦う事も出来ないよりはいくらかいいよ」

 「そんなものかな?」

 「それにさっき投げた糸車の糸が、この広間の入り口まで来てる。

  だからもうすぐボクの父さんやアリアさん達村の人が探しに来てくれるよ。脱出はそれからでもいいさ」

 「糸車?あの糸を巻きつけてる?」

 さっき大モグラが顔を押さえてたのは、糸車を投げつけられたからなんだ………でも、それだけで無理無理って言ってた、大モグラの突進を

 止めたのかな?

 「そう、ただの木製の糸車だよ」

 「じゃあ、さっきモグラを止めたのって……」

 「順番に説明してみようか?」

 「ウン………」

 この変態……もとい、彼はどうやってあの無理!と自ら断言していた大モグラの突進を止めたのか?わかりやすく説明してくれたよ。

 それをまとめると、まずはやっぱり糸車。

 これを顔……それも見えているのかわからない、モグラの目を狙って投げたらしいの。

 なんだかんだ言っても、目はやっぱり急所。たかが糸車程度でも、当たれば足を止めるくらいは十分出来るんだって。

 ―――もっとも、ちょっとでもズレたなら、そのまま吹っ飛ばされてたって。結構無茶な話しよね……

 そしてそしてあたしが一番聞きたかった事。

 最初斬れなかったのに、どうして今度は斬れたのか?ってやつ。

 「あれはね、最初は剣の真ん中辺りでやったんだよね。でもこの剣、ボクの練習用に刃が落としてあるから切れないんだ」

 フンフン………

 「で、二度目は……こうやって…剣の先端、ここなら刃が落としてあってもあまり関係ないからね」

 「先端?」

 「そう。簡単に言うと先の尖った物を肌に押しつけて引っ張ると、軽くてミミズ腫れ、ひどいときは裂けちゃうでしょ?

  あれを応用したんだよ」

 なるほどねぇ……よくとっさに思いつくものね。

 ―――あれ?でもそれだと………

 「ねぇ」

 「ん?」

 「それって、ひょっとしてケガとしては全然浅くない?」

 だってそうでしょ?

 尖ったのを刺すんじゃなくて、単に押しつけて引きずっただけなら………ねぇ?

 「ウン。ケガとしてみれば、全然大したことはないと思うよ。でも十分効果あったでしょ?」

 「そりゃまあ、そうだけど……」

 確かにモグラは驚いて足を止めたし、止まったからあのトドメも決まったんだし………

 「時間があるならもっと確実な方法もあったんだろうけど、ほんのちょっとでも早く倒したかったから……

  あんな、ちょっと賭けみたいな方法を取ったんだ」

 「ふーん………」

 時間が、ない?

 あたしのせいかな………

 「………」

 「…………」

 「………」

 「……………」

 あ、あれ?

 話すこと、なくなっちゃった………

 か、考えてみると……

 この洞窟の中で、あたし達二人っきりなんだよね………

 こんな二本の松明の明かりしかないから、なんかこう自然と寄りあって来ちゃうような………

 ―――って、ほんとに隣に来たぁ!

 「ゴメン。ちょっと疲れちゃったから。隣、座るね」

 って言って、まだ横にさせられたままのあたしの右隣に並ぶように座っちゃった。

 それになにかゴソゴソやってるし……

 ―――な、なんか緊張しちゃうなぁ……

 だ、だってあたし、左足ケガしてるし、頭打ってるからって寝かされてるし………

 この薄暗い環境の中で、怪我のせいで動けなくて寝そべる美少女と、大人を意識しだす年頃の少年………な、なんか危ない!

 ひょってしてあたし、さっきまでとは別の意味でピンチ?!

 次々と襲い掛かる不幸、薄幸の美少女の運命はいかに………

 ―――こら、そこと其処とソコッ、いま笑ったでしょ?!

 ―――顔、覚えたからね!後でリムちゃん特製の“研ぎ爪”、いやというほど味あわせてあげるから!

  ぱきんっ

 へ?ぱきん……て?

 「この鞘、枕に使いなよ。ここの所に布が巻いてあるから、こんな石や岩がごろごろした地面よりはいくらか楽だと思うよ。

  タオルか何かがあればもっと良かったんだけど、飛び出して来ちゃったから………」

 “ぱきんっ”っての、あたしの為に剣の鞘をベルトから外す音だったんだ………。

 「……………」

 「こんなのしかなくて、ゴメンね」

 「う……ううん、ありがとう」

 なんか冗談半分でも疑っちゃって、チョットだけ自己嫌悪………

 考えてみたらあたしの為に、こんな所まで来てくれてるんだよね。

 最初、あんな事あったけど……今朝も、そしていまも助けられっぱなしなんだ、あたし………

 「………あ、あのね」

 「ン?」

 「………」

 い、言わなきゃ!

 今朝のこと、ちゃんとお礼しなきゃ………

 「…よいしょ」

 「あ、まだ無理に起きない方がいいよっ」

 「大丈夫、大丈夫……立ったりしないし、絶対無理しないから」

 寝転んだまま頭も下げないお礼なんて……気持ちを伝えにくいもんね。

 あたしはちょっと身体を捻りながら上半身を起こして……伸ばしたままの両足の膝に、両手を置いて「ホッ」と一息ついた。

 そしてラウル君にちょっと笑顔を見せた。

 ―――き、緊張しているから、ぎごちない笑顔だったかもしれないなぁ

 「……ねぇ」

 「ン、なに?」

 「名前、教えてくれないかな………」

 あたし、考えてみたらちゃんとした形で名前を聞いたことってなかったんだよね……“ラウル”って名前、知ってはいるんだけど。

 それに………

 「…ボクは」

 「あ、あたしはリムア!リムア・ポゥ・ミルフィス。みんなからはリムって呼ばれてる……から、その…リムって呼んでね………」

 「………えーと」

 「ほ、ほら、人に名前を聞くときは、自分からっていうから………」

 ―――名前は知っているんだけど、あたしがちゃんと名前を言ったことってなかったから………

 「……そうだね。ボクの名前はラウル。ラウル・フォルヴ。よろしく、リム…ちゃん」

 「う、うん……」

 「………」

 ―――そして……ちゃんと言わなきゃ!

 「あのね、今朝は…そしていまも……かばってくれて、ありがとう……あと、変態扱いしてゴメンね」

 やっと、言えた…

 なんかスーっと楽になった気分……お母さんがよく言う“肩の荷が下りた!”って、こんな感じなのかも………。

 「……そっか」

 ―――へ?

 「ボク達…最初にとんでもない出会い方して、ボクはすっかり変態扱いされていたんだっけ」

 それって、ひょっとするとすっかり忘れてたったこと?

 それってないんじゃない?

 か、かばってもらったことはともかくとして……抱きつかれたこと、あたしはとってもショックだったんだから!

 大体、あの時あたしはすっぱだ…か……

  かああぁぁぁぁぁぁっ

 「大丈夫?顔、真っ赤になってるけど…」

 「だだだだだ大丈夫ッ何でもないから!」

 ―――思い出しちゃった〜〜〜!

 ―――キャーっ顔が熱い〜〜!

 「?……じゃあとりあえず、仲直りってことで♪」

 「う、うん♪」

 どこがどう取り合えずなのかわからなかったけど、ラウル君が右手をあたしの前にだした。

 あたしはちょっと戸惑ったけど、右手でしっかり握ってかえしたよ。

 その握手してる手を見て、ラウル君……どこかシミジミとしちゃってる………

 「………」

 「………なんか、初めて“ホッ”としちゃたなぁ」

 ―――え?どういうことだろ……

 「ボクさ、物心ついたときからずっと父さんと一緒に旅してきたんだよね。色々なところをまわって……だから友達っていないんだ。

 たまに友達が出来ても、同じところに長くいないし………めったに同じ町に行かないから、再会する事もないし。

 だから会ったその時、ちょっとでも話したこと、たったの一回でも一緒に遊んだ事がボクにとっては大切な思い出なんだ」

 「………」

 「そんなボクだから、ケンカしちゃった奴がいると仲直りする事も出来ないままで“サヨナラ”もなし、そんなことばかりでさ。

 もう馴れっこになってたから、リム……ちゃんとのことも“こんなモンさ…”なんて自然にあきらめてたっていうか………」

 「そっかァ……」

 あらためて聞いてると……冒険者の息子ってのも大変なんだァ………

 あたしはタク達とよくケンカしちゃうけど、次の日に“ゴメ〜ン”って一言で終わっちゃう………

 でもラウルには、その次の日も無いことばかりなんだ。

 「あんな出来事でケンカしたのも、もちろん初めてだけど……ケンカして初めて仲直りできた。

  ケガするのくらい当たり前で助けに来て、良かったと思ってる。

  ケガをして、こんな事になっちゃってるリム…ちゃんには悪いと思うけど……」

 「ううん、助けに来てくれてありがとう!

  それと、あたしのことは“リム”って呼んでよ♪」

 ―――あんなに言えなかった一言が、なんだか自然に言えちゃった。

 ―――なんとなく、うれしく感じちゃったから……かな♪

 「う、うん……

  あ、あとタクって奴にもお礼言っておいた方がいいよ。大モグラと戦って怪我しているくせに一人でリム……を捜してたみたいだから」

 「ケガ?タクが?ひどいの?」

 「大丈夫だと思うよ、あれだけ動けるなら。ボクが止めなかったら、ここまで来るつもりだったみたいだし」

 「そっかぁ。良かった、たいしたことなさそうで……」

 「ただ、今ごろ苦労しているんじゃないかな……大モグラの爪で怪我すると、身体に麻痺する毒が入っちゃうから」

 ―――え?それって……

 「大丈夫、死んだりするようなほどひどい毒じゃないから。悪くて丸一晩くらいしびれて何も出来なくなるくらい。

  その間になにか喉に詰まらせるようなことがあったら息が出来なくて危ないけど、それさえなければ死んだりしないから」

 ホッ、それならきっと大丈夫だよね。

 でも、なんか大変なことになっちゃったなぁ……今日の冒険ゴッコ。

 このあたりに化け物が出るなんて、ほとんどなかったから………

 いま思うと、ラウル君がいなかったら……あたし死んでたかもしれないんだよね?

 ―――“あたしのことをしっかり守ってくれるんだもん!”

 なんてこと、言ってたっけ……あたし。

 リボンの、ナイト様……か、ラウル君があたしのナイト様……

 それも、いいかもしれないな。

 ちょっと考えてみると、たった二日間なのに……もう何回も守ってもらってるもんね。

 「リボンの……ナイト様かぁ」

 「なに、それ?」

 ―――あ、口に出しちゃった!

 まあ、いっか。

 別にしゃべっちゃいけないって、言われていないし。

 「えっと、お母さんの家系に伝わる言い伝えみたいなものなんだけど………」

 「ウンウン」

 「………やっぱり内緒♪」

 「ええ〜、そりゃないよォ」

 ちょっと意地悪だったかな〜……でも、なんとなく恥ずかしいんだもん。この話を男の子に話すのって。

 「だってこれはお母さんの家系に代々伝えられてる、ミルフィス家の女の子だけの言い伝えだもん。

  男の子に軽々しく話すことじゃないんだもん!それに………」

 ―――それにあたしには、もうリボンは………

 「それに?」

 「……あたしも持っていたんだけどね、リボン。

  でも、今日なくしちゃった。ちっちゃなころから大事にしてきたんだけど………」

 「リボン?」

 「うん。ほら、あたしがいつもしていた黄色いリボン………覚えてない?」

 あたしが物心ついた時には、お母さんがもう作ってくれてたんだよね……あのリボン。

 お母さんが教えてくれたあの言い伝えを信じて、今まで大事にしてきたんだけど………

 「…えっと……」

 「もう探すのは無理だろうなぁ……お母さん達、二度とこの洞窟で遊んだら駄目って言うだろうし」

 ―――言い伝えのことだけじゃなくて、色々思いでがあったから………

 「無くしちゃったの…すっごく、悔しいな………」

 「……あ、あった」

 なんだろ?

 ラウル君、さっきからポケットをゴソゴソやっていたみたいだけど………

 「はい、これ。血と砂で汚れちゃってるけど、ひょっとしたらとおも………」

 「あーっ!あたしのリボン?!」

 な、なんで?

 どーしてラウル君が持ってるの?!

 

  ☆ ラウルeye ☆

 「はい、これ。血と砂で汚れちゃってるけど、ひょっとしたらと思って持ってきたんだ。違うかな?」

 「あーっ!あたしのリボン?!」

 わっ!………び、ビックリした〜〜!

 ―――いきなりデッカイ声だすんだもんなぁ……

 「ね、ねぇ!それどこで見つけたの?!」

 「む、向こうの通路でだよ。ボクはそのリボンについてる“香り”を頼りに近くまで来たんだ」

 ポケットに仕舞い込んでいたまま忘れていたリボンを、ボクは彼女に手渡してあげた。

 よっぽどうれしかったのかな?

 頭を怪我した時についたんだと思う血と、地面の砂でかなり汚れて見えるリボンだけど……。

 「よかったぁ……このリボンだけは、あたしがちゃんと大人になるまでちゃんと持っていたかったの♪」

 ―――そんなに喜ぶなんて……いったいどんな意味があるのかな、あのリボン?

 彼女のハシャギ様を見てると、いったいどんな意味があるのか知りたくなっちゃうよ………駄目で元々で聞いて見ようかな、もう一度?

 「ねぇ、やっばり気になるんだけどさ、リボンの……なんて言ったけ?リボンを大事にするのとどんな事があるの?」

 「それはね〜♪」

 「それは?」

 お?今度は教えてくれるのかな?

 ま、ちょっと考えてみればそのリボンを持ってきたのはボクなんだから、リボンの意味くらい教えてくれるのくらい当たり前―――――

 「やっぱり内緒♪」

 「……ひ、ひどい…」

 「だって、駄目なものは駄目なんだも〜ん♪」

 こ、この娘は〜〜〜ッ

 そうならそうと、はっきり言ってくれればいいのに!

 ………でも、まぁ…これだけ元気になってくれるなら、それでもいっか。

 ―――あとはボクの痺れが本格的になる前に、父さんたちが来てくれるかどうかだね………

 今はまた全然痺れはないけど、ボクの背中にしっかり爪が食い込んだからなぁ……

 痺れるのって結構辛いから、覚悟はしっかりしておかないと。

 ン?

 な、なんか“じ〜っ”と見られているような……

 「な、なに?」

 「なにが?」

 「い、いや、なんかボクの顔見てるから………」

 「うん。あたし達って会ってからケンカばかりだったでしょ?だからどんな顔してるのかなって」

 だ、だからって、そうあらたまられると……なんか照れちゃうよぉ。

 大体さっきまで伸ばしていた両足を引き寄せて、両膝を抱え込むようにして座りなおすなんてどういうつもりなんだろ。

 彼女、ミニのワンピースとちっちゃなベストしか着ていないんだから………

 もし今ボクが前に回り込んだりしたら、……その、見えちゃう……ハズなのに。

 も、もちろん、ボクはそんなことしないけど!

 「どうしたの?なんか顔が真っ赤になっちゃったよ?」

 「大丈夫、ボクそんな事決してしな…い………あ、あぁ〜のさ、えっと、どうしてそんな姿勢で見てんの?」

 あ、危なかったァ〜!

 もう少しで変な誤解受けるところだった……

 ちょっと苦しい話題の変え方だけど―――でも、実際にちょっと気になるんだよね、いまの彼女のカッコ。

 手で両足を抱えるようにしいる両膝に、ホッペタを乗せて横からちょっと見上げるようにボクのこと見てるんだもん。

 でも、なんかいいな……こう、絵になるっていうのかな?

 黙っておとなしくしていれば、彼女もかなりカワイイし………

 ―――…あれ?なんか……変な気分………

 痺れてくる前の前兆、かな………だとしたら気を引き締めないと。あと数分で動けなくなっちゃうから!

 「ン〜…、なんとなく♪」

 「な、なんとなくって………」

 「?あたし、何かマズイことした?」

 「いや…別に……何も………ないんだけ、ど」

 ―――なに焦ってんだろ………ボク。

 最悪、二人の命にかかわりかねない状況だってのに……

 もっとしっかり辺りを警戒しないと―――――

 「ね、あたしのお母さん達が迎えにきてくれるまで、ここで待っておくんでしょ?」

 「……ウン、そのつもり。きっと父さんが来てくれると思うから」

 じゃないとボク達、無事に出れる可能性が極端に減っちゃうって事実はまだ内緒にしておかないとね………

 「ね、ねっ!せっかくだからさ、それまでなにか話してよ♪」

 「い?!」

 そ、そんないきなり言われたって………

 「ラウルはお父さんと、あちこちに旅して回っているんでしょう?」

 「そ、それはそうなんだけど、ボクは別に観光で旅しているわけじゃないから………」

 「でも、何か一つや二つくらいは、楽しい事とかあるでしょう?」

 あ、あるにはあるんだけど、苦手なんだよね………人に話すとかって。

 それも女の子が相手となったら、いったいどんな事を話せば楽しんでもらえるんだろ………?

 「え、え〜と……」

 「……う〜ん、じゃあさ、ラウルの事を聞かせてよ♪」

 「え?」

 「ラウルのこと訊くからさ、いろいろ教えてよ。

  ………もちろん、イヤだったらいいけど…」

 「そんなことない、けど………」

 そうだなぁ…せっかくこんな真っ暗な中でせっかく明るくなってんだし、ここで話しが途切れたら不安になるかもしれない………よなぁ。

 「ボクの事なんて聞いても、楽しいなんて思えないけど?」

 「いいの、いいの。ほら、あたしってこの村から出た事ないからさ、外から来た人にちょっと興味あるの」

 「ふ〜ん………」

 「ねっ!その前髪、本当の色なの?さっきから一房だけ虹色にキラキラッてしてるから気になってんだけどッ?」

 ―――え?な、なんかいきなりだなぁ……

 「うん、本当の……っていうか、産れつきだよ。

  太陽の光みたいに強いと逆にわかりにくいんだけど、月の明かりや今みたいな松明なんかで照らすとわかりやすいんだ」

 「へぇ……不思議ねぇ。あたしのこの翠の髪も相当珍しがられちゃうけど」

 そう言われてみれば、ボクも見た事がないなぁ……彼女のような翠の髪の毛って。

 ボクも父さんと一緒に相当色々な所に旅してきたと思うんだけど………

 「あたしのこの髪はね、お母さん譲りなの。

  よく知らないんだけど、お母さんって遠い遠い所からお父さんと一緒に旅して来て、この村で結婚したんだって。

  だからこの辺りではとっても珍しいんだってさ、この翠の髪の毛」

 「ふ〜ん…ボクも色々なところを旅してきたつもりだけど、アリアさんと君が初めてだったよ。そんなに綺麗な翠の髪って」

 「ありがとう♪ラウルのその前髪もお母さん譲りなの?おじさんは普通だったみたいだけど………」

 「……そうだよ。この前髪は、ボクが母さんの子だっていう証明みたいなものなんだ」

 ―――母さん………きっと今も、そしてこれからも、ボクと父さんが帰るまでずっと………

 「ねぇ、ラウルのお母さんってどんな人?」

 「……そうだね、アリアさんと同じかそれ以上に若くて、そして長い髪がとっても綺麗で………あと、寝顔がとってもカワイイんだよ」

 「寝顔?」

 「うん。ボクの覚えている母さんっていったら、寝てる姿だけだから………」

 ―――父さんがボクを連れて、母さんを残して旅に出たのはボクがまだ一歳の時だって言ってた。

 その頃までは起きてたって父さんは言うけど、ボクは全然覚えていない。

 ―――そしてこの間……ボクが九歳の時だから二年前かな?

 ―――ボクが産れたっていう家に帰って母さんに会ってきた。

 会ったと言っても母さんは、父さんが“かぷせる”って言ってる筒の中で眠っていたんだけど………

 「……ウル君、ラウル君!ラウル君ってば!」

 「え?」

 「大丈夫?ちょっとボーッとしていたみたいだけど………」

 「…ごめん。ちょっと母さんのこと、思い出してた」

 いけない、いけない……

 今はボクが、しっかりしていないといけない状況なんだった!

 「…………なんかムカつくけど、許してあげるッ」

 「へ?」

 状況を考えればうかつだった!…とは思うけど、なんでそんなに怒ってるんだろ?

 大体、許してもらわないといけないようなことしたっけ?

 ほんのちょっとボーッとしてしまっただけで、別に何もなかったんだし………

 「ねぇねえ!あたしのお母さん、どう思う?」

 「え?…えと、すごく綺麗だと思うよ」

 ―――女の子の会話って、すごくコロコロ話題がかわるって聞いたことはあったけど………ぷぅ。

 「たとえばどんな所?」

 「そうだなぁ……難しいけど、それでもボクが一番綺麗だと思ったのは、長く伸ばした翠の髪の毛かな」

 「髪の毛?」

 「うん。ボクが最初にアリアさんと話した時に、眼に跳び込んできたって言えばいいのかな、それが綺麗な翠の瞳と髪の毛だったんだよ。

  その時とっても綺麗で……カワイイッ!なんて思っちゃって」

 「カワイイ?あたしのお母さんだよ?全然、歳上なのに」

 「な、なんかそう思っちゃったんだよ。いいじゃん、別に……」

 「あんまりよくな〜い!だってあたしのお母さんだもん♪」

 「グ………」

 い、言われてみればそうだった………

 初めはちょっと歳の離れた姉妹だと思っていたんだっけ。

 「ほれほれ、なんか言ってみろ〜♪」

 「……フンッ、将来あんな人を彼女にして、ゆくゆくは結婚できればいいなって思っただけだいッ!」

 「……なんか気が早くない?それって」

 「あ、憧れなんだから、いいだろッ」

 「うん、憧れなら許してあげる」

 「へ?」

 なんでボクが許してもらわないといけないのかな?

 でも、眠っている母さん見てから、“母親”ってどんな存在なんだろうって思ってきたけど………

 アリアさんも、ボクの母さんも、極端に若く見えるし……なんか“母親”って言うより“姉さん”って感じに見えちゃうよなぁ。

 ボクのイメージしてきた“お母さん”ってイメージとなんか違うんだよね。

 なんか逆の意味で良く似てるよ、母さんとアリアさんって。

 ―――ひょっとしたら“母さん”って、そういうものなのかな?

 「……ね、お母さん達あとどれくらいで来るかな?」

 「そうだなぁ……もうそろそろ来てもいいと思うんだけど。…いや、普通の人の足でならもう少しかかるかな?」

 「そっか……」

 「……恐い?」

 「ううん、全然恐くないよ♪

  とっても強いラウル君がいるから」

 彼女は、例の膝を抱えてる姿勢で“ニコッ”と笑ってみせてくれながらそう言ってくれた。

 「………ありがとう…」

 ボクはつい出かかった本音をグッと押さえて、ちょっとハニカミながらそれだけ言っていた。

 ―――なんかドキドキしてるな、ボク……

 ―――お、落ち着かなくっちゃ………

 「……………」

 「……………」

 「……………」

 「………ねぇ、どうしてあたしを助けに来てくれたの?」

 なんとなく話しが止まってしまって……

 しばらく松明の燃える炎の音だけが暗闇に響いていたなかで、その時のボクは彼女の声がなんだか鈴の音みたいに思えた。

 「どうしてって言われても……アリアさん、とっても不安げで困っていたし…集まってきたお母さん達は何も出来ずにいるし。

  何をすればいいかわかっているのに、なにもしないでいるなんてボクには出来ないから………」

 「そっかぁ………悔しいけど、すごいなぁ」

 「???」

 何が悔しいんだろう?

 すごいってのは、チョットだけわかる気がするけど………

 ―――ボクも、父さんを見ていてそう思うと気があるから

 「そうだ!いいもの見せてあげるッ」

 突然そう言うと、彼女はさっきボクが手渡したリボンを取り出した。それを左腕に巻くと、最後に丁寧なチョウチョを作った。

 「これ、見てみて♪」

 そう言って彼女が右手で指したものは、やっぱり左腕のチョウチョだった。

 「さっきから見ていたけど……それがなに特別なの?」

 「ウンッ、ちょっと変ってるんだから!」

 「でも、そうは見えないけど……」

 結び方も普通だったし、ちょっと顔を近づけて見てみても全然変ったところはないようにしか見えない。

 あえて言うなら、彼女が怪我した時についた血が模様になって炎に照らされて……

 なんとなく本当にそこにチョウチョがいるみたいに見える。

 「もっと近づかないとわかんないよ。ここの結び目のところだから♪」

 そう言って左腕を水平に持ち上げてくれた。ただ、やっぱり足を痛めているからかな、その場から動いてくれたわけじゃないから彼女の右側にいるボクにはちょっと見にくい。

 これ以上近づくとペタッて身体くっける事になるから、チョットだけ間を空けていたんだけど………しょうがないよね?

 ここにいない誰かに聞きながら、ボクはそれまで後ろ手で支えて座っていた姿勢から四つん這いにかえて、もうチョットだけ彼女に近づくことにした。

 ―――な、なんか緊張するな……

 「……特別なところなんてないみたいだけど ?」

 「もうちょっと近づいてよく見てみてよ!」

 ―――こ、これ以上近づけって……ま、まぁ、真正面から接近しているわけじゃないからいいけど………

 ボクは両手両足で身体を支えながら彼女の顔の、真ん前を横切るように顔を突き出してリボンに近づき………ひょっとして、これは―――

 「…あのさ」

 「なに?」

 「ひょっとしてボクが近づいている分、腕を引いてリボンを離していってる?」

 「アハハ♪わかった?」

 「あのねぇ、いったいなんのつ……も…り………」

 ボクがため息混じりに身体を戻そうとした時、左頬に柔らかいものが触れた………

 ―――……え?

 それはほんの一呼吸分のあいだもない、とても短いものだったけど……とても温かだったような気がする……。

 「……エヘヘ、助けてくれたお礼♪」

 「……………」

 ―――キス?

 驚いたボクがそのままの姿勢で左を向く……

 そこには弾けそうなほどの笑顔を、松明の炎よりも紅く染めた彼女がいた………

 「か、感謝してよね!ホッペタだけど、あたしみたいなカワイイ女の子の、初めての!キスなんだから………」

 「うん………ありがとう……」

 「……………」

 「………」

 「…」

 ―――その後、ボクは頭の中が真っ白になっちゃて………

 ―――彼女、リム…もあのあと何も声をかけてきてくれなくて……

 ―――予想通り父さんがアリアさん達を連れて捜しに来てくれるまで、ボク達はまったく無口なままそこに座っていたんだ…

..........to be continued...........

THE REAL WORLD   First Season “ひと夏の出来事……”
[ 第二章 ありがとう…… ]


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