THE REAL WORLD Second Season 「麦藁帽子の下で……」
[オープニング&第1章 ”旅立ち?”]

 

 序章

 前回、世界の中に世界があることを書かせていただきました。

 基準の違いにより、世界は無数にも、一つにもなりうるのだということを。

 一つの大きな世界の中に存在する、無数の小さな世界。

 こう書くと、いかにも一つの大きな世界があって初めて、無数の小さな世界が存在するかのように聞こえます。

 しかし、それは決して正しくはありません。

 小さな世界が集まることによって、初めて大きな世界が誕生するのも、また事実なのです。

 大きな世界を作る基準があるように、小さな世界一つ一つにも基準があります。

 世界を生む基準、その要素の一つに個別の正義があります。

 一つの世界で正しいとされるもの、それがその世界の正義です。

 しかし数あるすべての世界の正義が、必ず同じモノとは限りません。

 多くの小さな世界が集まって出来る大きな世界、その大きな世界を作る基準にもとづく正義。

 その正義を逆にすべての小さな世界にとってかえしたとき、同じように正しいものとは必ずしも限らないのです。

 小さな世界には、その世界の正義があるのですから。

 正義と正義。

 言葉にしても、文字にしても、まったく同じこの二つのモノ。

 しかしその同一のものが、必ずしも同じモノとは限らないのです。

 当然なのかもしれません。

 でも不思議だとは思いませんか?

 世界が無二ではないように、『正義』があらわすものもまた、単一でないのです………

 

 

 と、まぁ小難しく見えることはこの辺で。

 彼等に会いに行ってみましょうか♪

 

 ☆ オープニング ☆

 

 ザパァ……ザザザ………

 完全な暗闇の中で、水が波立つ音が鳴り響いた………

 そこには、それ以外に音を立てるモノはない。

 何も感じられない………

 

 ―――完全な闇………

 

 すべてを覆い隠す“影”とは違う。

 すべてが溶け込んでしまう、そんな完全な闇。

 そんなものが、この世界にありえるのか?

 確かに朝のぼる太陽が地平向こうへ帰り、世界は“夜”という闇に包まれる………だが、それは違う。

 夜空を見上げた人は、何を見るだろう?

 多くの者はその闇に輝く星と、穏やかな明かりを灯す月を見るだろう………だから“夜”は真の闇ではないのだ。

 そこに星と月が見えるのなら、闇に見えるそれは“影”でしかないのだ。

 

 ―――完全な闇………

 

 そこには何もない。

 何があってもいけない。

 完全な“無”であり、それこそが同時に“有る”事でなくてはならない。

 

 ―――そう……これが“完全な闇”なら、私のこの手も、この胸の鼓動もあってはいけない………

 

 「そしてこの声も………闇にはないもの。私自身が、今ここに闇がない証拠………」

 私はカプセルから出た……

 カプセル……そうだ、生態維持の為、溶液の貯められていたカプセルだ。

 

 ―――わたし……私の名前は………

 

 「さあ、教えて頂戴。ここが……世界が闇に包まれない為に、私のやるべき事を」

 

 

 

 第一章 ☆ “旅立ち?”

 ☆ ラウル eye ☆

 

 俺はいま、荷物をまとめてる。

 理由?そりゃ、旅に出るからさ。

 ……ん?夜逃げかって?

 おいおい、俺はとりあえず借金はないぜ。

 何もやましい事も、とりあえずしていない………はず。

 ……まぁ、この命が狙われる可能性に、身に覚えがないってわけでもないけどさ。

 

 ―――ちょっと自己紹介しておこうか。

 ―――名前はラウル・フォルヴ。犬系獣人の狼人。

 ―――仕事は探検家と称して、世界中を旅している。

 ―――世界のあちこちに点在する、鉄と岩の時代の遺跡を捜しているんだ。

 

 と、ここまでなら割とカッコよく聞こえるかもしれない………

 けどな、遺跡にそうそう“金”に成るような物があるはずもなくて………

 “盗み”と“殺し”以外はなんでもする“何でも屋”ってのが俺現実の職名だな、やっぱり。

 街角のレストランのウェイターから航海船への荷物の運搬、そして行商人や金持ちの護衛なんて事まで一通り。

 特に短期の護衛募集は一度の収入も大きいから、大抵やってきた。もちろん収入が大きい仕事ほど、危険なのは言うまでもないけどな………

 「まったく、いったい何度この首が切り落とされそうになったことか………」

 《だよね〜。逆恨みしてきた奴に背後から斬られそうになったり、心臓を貫かれそうになったり………

 あれこれ合わせると、両手の指じゃ足りないもの》

 俺の頭の中に、音にならない“声”が聞こえてきた。

 そして肩に、なにか軽いものが乗る感触が続く………

 「……………」

 《……どうしたの、ラウル?》

 「いや……いま思うとよく生きてるなぁ……って思った、俺」

 《やっぱり、この幸福の妖精のおかげよネ♪》

 「ほう?どこにいるんだ、その幸福の妖精ってのは?」

 《あたしよ、あたし〜♪》

 見るまでもなく、自称“幸福の妖精”と言っている俺の肩の住人が飛び跳ねて遊んでいるのがわかる。

 まったく……大した事は何にも出来ないくせによく言うよな、俺からただ飯食ってるくせに。

 なんで俺は、こんな何の役にもたたない妖精を連れることにしたんだろ…………

 ………まぁ、あの時はしょうがないか。

 

 ―――俺の肩で機嫌良く飛び跳ねて遊んでいる自称“幸福の妖精”。

 ―――名前はパムという。身体の大きさは俺の両手の平を繋いだくらい。

 ―――背中には七色に煌く翼を持っていて、確かに妖精っぽい。

 

 で、いったい何の妖精なのかって事だけど………

 実のところ、彼女(見た目は女の子だから…)が何の妖精なのか?そもそも本当に妖精なのか?

 実は、俺………は、まぁともかくとして、彼女自身もソレを知らない。

 つまり、自分が何者なのか、まったくわからないと言うのだ。

 

 『なに馬鹿な事を言ってんだ?』

 ―――って思うかもしれないけどさ、それが事実なんだからしようがないだろ?

 ―――“妖精”って言ってんのも、小さな身体と背中の綺麗な翼が、話に聞いた妖精にそっくりだからだ。

 ―――そして人ではないと思う、決定的なことがもうひとつあるんだが………

 

 「へぇ……これだけ命の危機に遭うんだ、俺はてっきり不幸の女神にとり憑かれたと思っていたけどな?」

 《そ、そんなことないもん!ラウルの運の悪さだもんッ》

 ハハハッ、肩で俺の頬に手をついて立っているから見えないけど、頬を膨らませているパムの姿がすぐに浮かんでくるよ。

 ニ年くらい前かな?

 彼女―――パムは、俺がたまたま通りかかった森で、怪物に捕まってるところを助けてやったのが最初の縁。

 彼女、その時まだ妖精として“産れた”ばかりで何にも知らないし、何も出来なかったんだ。

 それで俺に助けてもらったものの、自分がいったいどこで産れた、何の妖精なのかもわからない。

 だから俺に自分の住処に帰るように言われても、ただ困ってばかりいたっけな。

 それであんまり情けない顔しているもんだから、しばらく俺が連れることにしたんだ。

 「……プッ、ハハハッ」

 

 ―――いま思い出してみたら本当、情けない顔してたよなぁ

 

 《な、何よ、なに笑ってんのよぉ?!》

 「ハハハッ、大した事じゃないよ、アハハッ」

 《……なんかムカッてするゥ………》

 そんなことをやっているうちに、荷物は一つの袋にまとめた。

 世界の各地の遺跡を求めて渡り歩く冒険者である俺が、常に持ち歩く荷物が多くあるはずもない。まとめるのは簡単な事だ。

 とはいえ、この街には路銀稼ぎの仕事の都合もあって、俺にしては長く滞在していたからな。

 その分、無駄な荷物も増やしてしまった気もする。

 「ま、きちんとまとまったし、良しとするさ」

 《良くなぁ〜い!あたしはなんかスッキリしなぁ〜いッ》

 「立つからな?ちゃんと捕まっていないと落ちるぞ?」

 耳元で騒ぐパムに、一言注意してから立ち上がる。

 ひと冬暮らした、なかなか住み心地の良い宿の一室だった。けど、こことも今日でお別れだな。

 《でも、何でいきなり出発するなんて言い出したの?まだ寒いから、もうしばらくいるつもりだって言ってたのに………》

 そう。

 今は春先と言うよりは晩冬。

 まだ朝晩の冷え込みがきつくて、野宿にはむかない時期だ。俺だって、好んでこんな時期に野宿したいとは思わない。

 けどな………

 「パム」

 《な、なに?》

 「男ってのは、やらなきゃならない時があるんだ。それが、どんなことであっても……」

 テーブルに手をついて、ちょっと押し殺した声でうつむき加減にキメる。

 俺の肩にいるパムに、こんなこと無意味かもしれない。……が、まぁ何事も形は大事だろう。

 《……女の子一人から逃げるのに、どうしてそこまで出来るのかなぁ?》

 

  コケッ  がたたんっ!

 

 手、滑らせてコケた……思いっきりテーブルも巻き込んで………

 「ぱ、パムゥ〜お前、そんないきなり確信を突くような事………」

 《つまり、その通りなんだ?》

 「ヴ………」

 

 ―――おのれ、パム!早々と俺のイメージをぶち壊しやがってッ

 

 《でも無理はないよねぇ……あのお嬢様って、強引だもん》

 「パムでもやっぱり、そう思うか?」

 俺はひっくり返したテーブルと、その巻き添えになった椅子を起こしてそれに座った。

 ちょっと窓の外を見てみる。

 もう雪が降る事はないだろうが……春を感じさせてくれるような、優しい風が吹く様子はない。

 雲が出ているのか、日差しもなくて……とても寂しげな景色だ。

 

 ―――温かくなる昼前くらいまで、出発は待つか………

 

 「はぁ〜あ、なんでこんな事になったんだろなぁ……」

 《……わざわざ逃げるって事は、ラウルはあのお嬢様とは付きあう気はないんだ?》

 「………」

 《宿のおばちゃんとか、ノンベェのおっちゃんとか、みんな“玉の輿”だって言ってたのに?》

 「………パム、お前サ、意味わかって言ってる?」

 テーブルにうつぶせている俺の真ん前。両手を腰に当てて、俺の顔を覗き込んできたパムに聞いてみた。

 《………》

 「………」

 《………》

 パムは、俺と会う直前に産れたと言っていた。

 正確にはあの時、怪物に襲われる前の記憶が無いだけなのかもしれないが………

 とにかくパムは、生後ニ年半といったところの、赤ん坊と同じようなところがある。

 

 ―――まぁ、妖精にそんな”産れてから何年?”なんて、関係あるのかわからないが………

 

 「………」

 《……えへへ》

 パムは後頭部を掻きながら、テーブルのはしっこまで逃げていった。それでも俺にとっては手を伸ばせば捕まえられる距離だけどな。

 「やっぱり……」

 《しょうがないでしょー、知らないものは知らないんだもん。

  ネェ、どういう意味なの?》

 「え?えーと……」

 

 ―――まいったな、いざ説明するとなるとどう言えばわかるかな………

 

 《……知らないの?》

 「まさか。パムじゃあるまいし……」

 《……なんか、すごくムカッてきた!》

 「まあ、なんだ、簡単に言うと結婚するって事だな、この場合」

 《結婚?ラウルがあのお嬢様と?》

 「そういう事」

 ったく……なんでこんな事になったんだろなぁ………

 大体、あのお嬢様……俺に言わせりゃ“お転婆様”だけどさ、彼女と会ったのってまだ一ヶ月前の事だぜ?

 「あの時はたしか、大きな行商隊の護衛の仕事を終わらせて………

  道中に襲って来た盗賊団を追い返す事が出来たから、デカイ給金が出てて………あれ?」

 

 ―――どうやってあのお嬢様と会ったんだっけ?

 

 《これでこの冬は宿暮らし出来る〜ってラウル、あの晩は嬉しそうに沢山のお酒飲んでたもんねぇ………》

 「………そうだっけ?」

 《その時あのお嬢様が、「飲み比べしません?」なんて言って隣に座ってきたんだよ。覚えてない?》

 

 ―――の、飲み比べしたのは覚えているけど、向こうから声かけてきたのか………

 

 「飲み比べ、俺が勝っちまったんだよなぁ………」

 《そう。お嬢様、最後まで意地張って飲むもんだから………酔いつぶれて眠っちゃったもんねぇ》

 「その後、マスターに彼女の家を聞いて、送り届けて………」

 《びっくりしたよねぇ、スッゴイ豪邸なんだもん!まるでお城みたいな………》

 確かに、あれには俺も驚いたっけな。

 飲んでる時も、それなりに良いとこのお嬢さんだろうと思っていたが。それがまさか、この地方一の豪商の娘とはねぇ………

 でもま、それで終わればお嬢様と一晩遊んだ、たかだかイチ旅人。

 何も問題はなかったんだけどなぁ………

 「そう、あれで終わればなぁ………」

 

 ―――あの翌日から、お嬢様は俺に付きまとうようになったんだよなぁ。

 

 《あれから、なんか知らないけど………いっつもラウルのとこに来たもんネ、あのお嬢様》

 「飲み負けたのが、よっぽど悔しかったんだろ?」

 《だよねぇ……なにかっていうと、とにかく勝負勝負勝負!って言ってたもんね》

 剣で、槍で、不意打ちで、かけっこで、缶蹴りで、鬼ゴッコで………

 夜は夜で毎晩のように飲み比べ、早食い競争、ワインの一気飲みとか挑んでくるし………

 《なんか、毎日お守りしてるよねぇ……》

 「お守り………」

 パムに“子供扱い”されたって知ったら、激怒するだろうなぁ………

 プライド高いから、彼女。

 

 ―――まぁパムの事がわかれば、だけどな。

 

 《それに、あんな事件まで起きちゃったもんだから、お屋敷に呼び出されて………》

 「ああ、この間のな……」

 いきなりお供連れたお嬢様に連れ出されて、屋敷まで引きずられて行って………何の説明もなく応接間に閉じ込められたからなぁ。

 「何をされるのかと、結構ビビッてたよな、あの時は」

 

 ―――いま思えば、あんな飲み比べ受けたのが、そもそもの原因だよな………

 

 「あんな飲み比べなんて、受けなければ良かったぜ」

 《……あたしはそのあとの勝負で、一度でも負けてあげれば、何も問題なかったと思うけどな?》

 「………え?」

 《ラウルも意地になって、全部勝っちゃうんだもん………》

 「…………」

 《あんなに負けっぱなしじゃあ、悔しいよねぇ………》

 「……………」

 《負けてあげればよかったのに………》

 「………ま、そういう考え方も、あるかもしれない……かな?」

 《……まあ、いいけど。

  でもラウル、強引な娘は嫌いなの?》

 「嫌いってわけじゃ………ただ、俺には“約束”があるから」

 俺は、胸元に自然と手をやっていた。

 

 ―――いつもの事だ。

 

 そこにある、首から下げられた小さな水晶の玉。

 俺は日に一度はそれを確認するクセがある。

 そしてそれを確認する時の俺には、いつも一人の少女の笑顔が頭に浮かんでいる。

 

 ―――別に、あのお嬢様が嫌いなわけじゃない。

 

 あの強引さが俺への思いなら……そこまで好きになってくれる彼女に、好意もあるさ。

 それに、あれからもうすぐ八年。

 その間、何もなかったわけじゃない。

 ………でも。

 「約束を果たすまでは、自由でいたいんだ。

  俺にとって、これは特別なことだから………」

 《フーン………》

 

 ―――八年……か。

 

 あっという間だった気がするけど、振り返ってみれば色々あったよな。

 あのあとも俺は、親父と遺跡をまわる旅を続けて………

 三年前、俺が十五になる前に、親父は病で倒れちまった。いまも母さんの隣で眠っているはずだ。

 それから俺の一人旅が始まった。

 初めは驚きと、悔しさの連続だったけ。

 

 ―――まさか、あんなに父さんに頼っていたなんて………かけらも思っていなかったからなぁ。

 

 一人になってしばらくは、ただ必死に生きることだけが精一杯だった。

 必死に働いて、日銭稼いで………ようやく明後日はわからなくても、明日はなんとか生きられる。親父の意思を、俺の意志を貫くために、

 再び旅に出れるようになるまで一年近くもかかってしまった。

 

 ―――あと半年とちょっと。

 

 それで、八年。

 俺に、好きになった女性がいなかったわけじゃない。

 恋が、なかったわけじゃないんだ。

 

 ―――だけど………

 

 「……………」

 《…どうしたの?突然、黙って………》

 「ん?………ちょっと昔のことを思い出してたんだ。この八年、色々あったなぁってな」

 《八年?》

 「ああ。本当に色々あった……パムにも会ったしな」

 《あたし?》

 「そう。

  ………パムの事が、わかればいいんだけどなッ」

 《……誰に?》

 「いまは内緒、だ」

 俺はちょっと笑って、イスから立ち上がった。

 気がつけば、部屋の空気がいくらか温かになっている。空も晴れたのか……窓から差し込んで来ている日差しが、部屋を暖めているらしい。

 「パム、そろそろ行こうか?」

 《あんまりノンビリしていると、今日もお嬢様が来ちゃうかもしれないもんネッ》

 「ハハッ十分ありえるな、それは」

 《?……これから逃げようってのに、なんか余裕だね?》

 俺の笑顔が意外だったみたいだ。

 パムはテーブルから俺の顔の前まで飛んで来て、小首をかしげてみせてた。

 当の俺は、別に余裕があったわけじゃない。

 ただ、これでお嬢様ともお別れだ……そう思うと、幼い頃の辛い思い出が少しよみがえってきたんだ。

 あの夏の日を迎えるまで味わい続けた、なにもない別れというものが。

 「サヨナラくらいは、言いたいかな……本当は」

 《えーっ!そんな事したら、一生閉じ込められちゃうよ?》

 一生?!

 「それはいくらなんでも、ないだろう?」

 《わかんないよ?それにラウルはこの町を出たらそれで終わり、サヨナラって思ってるみたいだけど………

  もしもあのお嬢様が連れ戻しに追いかけてきたら、どうするの?》

 「え?」

 《跳ねっ返りのお転婆娘で、やたらと負けん気が強くて、そしてとにかく強引な性格をしていて、そしてエット、エット………》

 「そのうえ親は“金”をもってて、“親馬鹿”で………」

 《そう、ソレ!》

 

 ―――ま、まさか、追ってくるとは思わないが………

 

 「………さっさと逃げようか?」

 《そうしよ!》

 

 ☆ eye’s ☆

 

 とある街並み……

 その中で一際目立つ、真っ白な建築物………それはまるで小柄な城のようだ。

 視界が、急速にその城へと接近する。

 そして真っ白な小城の側、背の高い木のあたりで止まった。

 そこからなら、建物の一室がよく見える。

 外観は白を基調にした、やはり小城のように見える建物だ。

 しかし、城壁になるようなものはない。庭を囲うものは、ごく普通の飾りのある鉄柵だ。

 城では“ない”ようだから、一応屋敷というべきか。

 そしていま見えている部屋は、鮮やかな“赤”を基調にしているようだ。

 中央には、天幕付きの大柄なベットが置いてある。

 もう昼前時。

 普通ならば、もう誰も寝てはいないだろう。

 

  コンコンッ  がちゃ

 

 ノックの音が部屋に響いた。そして、部屋の主の返事もまたずに扉は開かれる。

 「お嬢様、いい加減に起きてください!」

 二十と、いくつ足せばいいか?

 そんな若い娘が、部屋に入るなり大きな声を上げた。

 侍女なのだろうか?

 彼女は黒を基調とした衣服に、純白のエプロンをしている。頭の上ではいかにも兎人らしい長い耳が、ピョコピョコと揺れていた。

 その彼女は、ベットに誰かいると思っているらしい。しかしベットの中に居るはずの人物は、何も返事を返す様子はない。

 「お嬢様!」

 彼女がふたたび声を上げた。

 しかし、返事はない。

 「お嬢様………確かにあの三日前に旅立った若者は、お嬢様の命を救ったかもしれません。

  その上お嬢様のしつこい性格にも、弱音を吐かずによく付き合ってくださっていました。

  ………もっとも、ことごとく負けてしまわれたようですが」

 彼女は懐柔策に出たのか、諭すような口調で話し始めた。

 もっとも、一言多いようだが………。

 その間にも、彼女自身がベットの方へと近づいていく。足音を忍ばせているつもりなのか、ゆっくりとした足取りで。

 「しかしですね、所詮は旅人。彼が一個所にとどまる事はないのです。

  ましてや、後を追って連れ戻すなどと………

  いかにお嬢様に甘いご主人様でも、何度お願いしてみたところでこの時期に許してくださるはずがありません。

  お嬢様はもう御婚約の相手を決めなくてはならないお歳になられているのですよ?

  ここはキッパリと諦めてですね………?」

 ここにきて、彼女は気づいたようだ。

 何か、様子がおかしいという事に。

 「ま、まさか………」

 彼女は声をあげるとベットに近づくのではなく、グルリッと部屋中を一瞥した。赤を基調にした、美の質と豪華さを調和させた見事な部屋。

 しかし、どこかさびしい………

 「や、やっぱり………無い。侍従長、大変ですッお嬢様が、また例の方法で!」

 彼女は文字通り、脱兎のような速さで部屋を飛び出していった。

 まだ冷たさの残る、初春の風が吹き込む部屋。

 その部屋にあるベランダ……そこから長々と地面まで垂れ下がる、一本のロープ状にされたカーテン。

 それらを見ながら<ワタシ>は思った。

 

 ―――面白そうだ………

 

 と。

 そして私は目を閉じた

 フェード・アウト………

 ..........to be continued...........

THE REAL WORLD   Second Season
「麦藁帽子の下で……」第一章 ☆ “旅立ち?”



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