あ、ありがとうございました、その、助かった上に、柔らかかったので、その、得した気分というか♪〕
―――ぷちん!
〔この……H―――――――!〕
どう考えても彼女が、ボクに感じた第一印象は、最悪だったと思う。
〔………だけどアリアさんから、このお転婆がねぇ〕
〔血のつながりってのも、あてにならないもんだな〜〕
〔な・ん・だ・と〜〜〜!〕
だからというわけじゃないけど、友達になれるかどうかなんて、かけらも期待してなかった。
〔お〜い、あんまり大きな声上げない方がいいと思うよ?〕
〔―――せっかくそれだけカワイイんだから……〕
物心ついた時には、父さんとずっと旅をしていた。友達なんていなかったし、いらないと思ってた。
必要ない、それでイイと思っていた。
〔普段から子供の話題に耳を傾けてくれれば、きっとどこで何をしているか知っているはずですよ〕
周りの見る目なんて気にならなかった。
だってすぐにこの人達とは会わなくなる。ボク達親子はいなくなるのだから。
だから、飾らずに思うままに言えた。
〔もし、ボクが彼女の事を好きになるような事があっても、すぐにお別れだよ〕
……友達なんて、要らない。
つくりたくたって、ボクにはつくれない。
そう思っていた。
だけど…
〔一つ約束しようよ〕
〔約束?〕
〔そう―――
『入力ナンバーはN315データベースにて照合、認証されました。被検者をレベル2睡眠状態でカプセルから解放いたします』
「え?」
冷めた女性の声で――いや、機械が出す声に、我へかえった。
カプセルの操作をして、応答を待っている間に少し呆けていたらしいな。
《ラウル、ボーッとしていたけど、大丈夫?》
(大丈夫だよ、少し昔のことを思い出していただけだから)
肩から声をかけてくれるパムに笑って見せて、もう一度目の前のカプセルを見上げる。
その中に女性が一人、眠っていた。
それが『彼女』だと言われても、まだ再会の出来るのだという実感は、まだわかなかった。
「実感はないけど、ま、納得は出来るかな」
《なにを?》
「思い出の中のあの娘と、いま目の前にいる彼女が、同一人物という事に納得は出来る。そう思ったのさ」
あれから七年、時間が経っているんだ。
いま俺の肩に座っているパムが、あの時いなかったように、彼女には彼女の七年間があったはず。
心身ともに変化があって当たり前なことくらい、考えるまでもない事だ。
きっとアリアさんがあまりに変わっていないから、錯覚していたんだな。
「だけど、どうして俺と彼女の出会いの時ってのは、こうも扇情的なのかな?」
カプセルの中の『彼女』を見て、そう考えてしまう自分につい苦笑してしまう。
俺達の見守る中で、カプセルの中の溶液はそのほとんどが消えていた。
おそらくどこかへ吸い出されたのだろう。そのためその溶液の中で浮かんでいた『彼女』は、眠ったままカプセルに背を預けて座っていた。
濡れた薄絹の衣はピッタリと身体に張り付いて、この七年で起きた身体の変化をハッキリと見せてくれる。
《どうしてそういうふうに見るかな、ラウルのH!》
「わ、悪気があるわけじゃないし、俺が見たくてこうしたわけじゃないぞ!」
「一人でなにを言っている、早くリムを連れて外に出るぞっ」
パムに思わず声を上げた俺を押しのけるようにして、タクアが前に出たのとカプセルが開いたのはほぼ同時だった。
彼がそのままカプセルの中まで入り、濡れたままの『彼女』を抱きあげて出てくる。
「まだしばらくは眠ったまま、目を覚まさないはずよ」
背後から金髪の女性(ハルカ)が声をかけてきた。もっともそれは俺にではなく、『彼女』を抱いているタクアに向かって言ったものだろう。
「あなた達はこのままその娘を連れて脱出して頂戴」
「脱出って…あんたはどうするんだ、それにあの娘(ロビン)は?」
「ロビンは私が迎えに行くわ。だけどまずはあなた達の脱出が先よ、ついてきて」
それだけ言うと、俺達に疑問を口にすることも許さないかのように彼女は走りだした。
少し慌てて俺と、『彼女』を抱えたタクアが後を追った。
広い区画に効率よく立ち並べられたカプセルの列の中を、ハルカは迷いもみせずに駆けて行く。
ハルカは先頭にいるにもかかわらず、全力を出して走っているようには見えなかった。
後から追って来る俺達、とくに『彼女』を抱えて走るタクアを気づかっているんだろう。
まるで後ろを振り返らなくても彼(タクア)の走れる(速さの)限界を見抜いているかのように、
先頭で速さ(ペース)を操作(コントロール)していた。
常に限界ギリギリで走らされるタクアは相当辛そうだったが、手ぶらな俺にはまだいくらか余裕のある速さ(ペース)だ。
おかげで、走りながらあたりを観察することが出来た。
「……こうして、改めて見ても、『彼女』以外に、衣をまとっている人は、カプセルにいないな」
俺の肩に座るパムだけに聞こえるよう、低く押さえて声をかけた。
《でしょ?あのおねえちゃんだけが服を着ていて、夢の中で怖がっていたの》
「怒られるのは、いや?」
《ウン、そんな感じ……》
俺が見た夢と、同じモノをパムは『彼女』の中に感じたわけか。
―――なにか関係、あるのかもしれないな……
「そして、この素肌を、見せている、人々は、本当に、なにも、知らないのかも、しれないな」
《どうして?》
「知らなければ、隠す必要も、ないからさ」
《へ?》
「詳しい、話は、後だ」
細い首を曲げ、小さな頭を傾けて『?』マークをいくつも浮かべるパムに、俺はちょっと引きつった笑みを浮かべた。
「走り、ながら、話す、のは、つらい」
《アタシ、心を見れるから、ラウルは思うだけでもいいのに》
あ…忘れてた。
☆
ハルカは俺達を区画(フロア)の隅まで連れてくると、そこで足をようやく止めた。
その彼女が壁の中でもあたりと色の違う部分に触れると、そこが扉となって横に開い(スライドし)た。
「二人とも、これに乗って」
奥は小さな小部屋になっていた。人が十人ほど乗れば身動きも取れないような、狭いものだ。
《ラウル、コレなに?》
「昇降機(エレベーター)だ。上下に移動するときに使うやつ、以前パムと行った遺跡にもあったぞ。覚えてないか?」
《アタシは実際に動くものを見たことないもん…》
パムのふてくされたような顔に自然と苦笑が浮かぶ。
確かにいままでパムと行った遺跡は、そのほとんどが完全な廃墟になっていたのだし、無理もないかもしれない。
俺自身、ちゃんと動いているのを見るのは、まだ二度目だったはずだ。
「知っているなら話しは早いわ。あなた達はこれを使って一気に地上に出て」
「ハルカ、あなたはどうするんだ」
「言ったでしょ。私はロビンを迎えに行くわ。だからあなた達に付き合えるのは―――」
ズゴゴゴゴッ
突然大きな振動が俺達を、いやおそらくは遺跡全体を襲った。
並の地震の比ではない。突き上げるような、立っている事が出来ないような巨震だ。
「なんだ?!」
「地震……いや、ひょっとすると――」
爆発?
もしそうだとしたら一体、誰が?
「始まったわ。もう一刻の猶予もない、早く乗って。今のようなのが何度もきたら昇降機自体動かなくなるわよ!」
「わ、わかったッ」
片ヒザを床について揺れに耐えていたハルカが、叫ぶように言う。
その声に『彼女』を抱えたまま、座ってやり過ごしたタクアがあわてて小部屋(エレベーター)の中へ飛び込んだ。
「あなたも早く」
彼女が俺にも乗れと手振りでせかしてくる。だけど俺は床に座り直すと、昇降機の中のタクアに軽く手を振って見せた。
つまりは『お見送り』だ。
「ラウル、どういうつもりだ?」
「『彼女』のこと、よろしく頼むな。ちゃんとアリアさんのところに帰してくれよ」
腰のベルトから短剣を一本引き抜き、その刃を確認しながら彼に笑顔を見せてやった。
「お前、正気か?もしもここが崩れるようなことがあれば、二度と地上には…」
「なら、なおさらほっとけないだろ。女と子供だけ残してなんてさ」
「…リムのことは、どうするんだ。会わない気か?」
―――いま会ってた。
なんて、つまらないツッコミはやめた。彼がどういう意味で言っているか、わからないわけではないから。
「会う。そのためにわざわざ引きずられるようにして帰ってきたんだし」
本当は、違う。
わざわざ迎えに来なくたって、来るつもりでいたんだ。
俺は『約束』したのだから。
「俺は、会いにきたんだからさ」
「ならなぜ、リムのことを優先しない。お前がここに残るということは―――」
「俺は、欲しいものはみんな欲しい。望むものはみんな叶えたい。約束したことは、すべて守りたい」
「そんなことが出来ると思っているのか?子供じゃないんだ、出来ること、出来ないことをわきまえて選ぶべきだろ」
『何を馬鹿なことを言っている―――』
タクアがあからさまにそういう顔をして言っていた。
それが当たり前であり、普通なのだと自分でも思う。
でも普通ばかりを選んでいたら、できないことが必ず、ある。
「彼女達を助けて、ここから脱出して、そして俺は『彼女』の前に現れる。
―――出来ないことじゃないさ」
確信はない。
だけど自信はあった。
出来るはずのことを、試しもせずに、後で後悔するのは嫌いだ。
だから笑える、笑顔で言える。
「彼女が目覚めた時に、俺が帰ってきていないなら、あなたが一人で助け出したことにしておいてくれよ」
「もしも帰ってこられないようなことになってしまったら、どうするつもりだ?」
「約束の日までに村に帰ってこなかった―――そのときは、俺は初めから村に来なかった。約束も守れないただのろくでなしだ。」
「………」
俺の返事に、タクアは怒りとあきれが交じり合ったような、複雑な表情を見せた。
「オレは本当にその通りに言うぞ。それで良いのか?」
「アリアさんや、あの赤毛の娘にも言っておいてくれよ。口裏を合わせてくれって」
答えながら軽く扉を叩いた。
ゆっくりと扉が閉まり始める―――
「お前、馬鹿だな」
「ああ、馬鹿正直さ。あんたも言ってたじゃないか、酒をおごってくれた時に」
「……そうだったな。ラウル、オレを幻滅させるなよ」
扉がしまる直前のタクアの顔は、なぜか少し悔しそうに見えた―――
☆
パシュッ
小さな音をたてて、扉が完全に閉まった。直後、かすかな動作音が扉の向こうから聞こえてくる。
もうこの扉の向こうにはタクアと少女の姿は無いはずだ。
「…どうして一緒に地上に出なかったの?」
「話し聞いていただろ、そこにずっと立っていたんだからさ」
座ったまま肩越しに声の主を仰ぎ見る。
彼女は、どちらかというともともと切れ長な目を、もっと細くして俺を見ていた。
「そんないぶかるような目で見ないでくれないかな、よかったら」
「私は警告したはずよ、特にあなたは会わないほうが良いと。
それでなくても、ここがこれからどうなるかは、さっきの振動である程度想像もつくはず。なのに―――」
「なんで残ったのか、か。だからさっきも言っただろ、女・子供残して逃げられるかって。
―――そりゃ、それだけが理由じゃないけどさ」
短剣をもてあそびながら立ち上がった。床の揺れはほぼ治まっているが、まだかすかに振動が続いているのが足の裏に伝わってくる。
「こんなところでのんびりと会話(はな)しているヒマはないだろ、行こう。俺はあのロビンって子に、いろいろと訊きたいことがあるんだ」
「…『あの娘』に会うよりも、それをあなたは優先したわけ?」
「違う。両方を選んだんだ」
「代償として、命を奪われるとしても?」
「物騒だな。ま、そのときは盗んで逃げる。俺だって綺麗な事だけやって生きてきたわけじゃないからさ」
「……本当に、あなたは馬鹿ね。守る私に『盗む』なんて公言してどうするのよ」
「あ、それは確かに馬鹿だった」
指摘されて困ったように笑うと、それまでいぶかしげに俺を見ていた彼女の眼もようやく笑った。
そしていくらか軽くなった声で、ようやくこう言った。
「行きましょうか、あの子のところに」
..........to be continued...........
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THE REAL WORLD Second Season
「麦藁帽子の下で……」 第十三章 ☆ 選択
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