THE REAL WORLD Second Season 「麦藁帽子の下で……」
[ 第六章 ☆ “ただいま”]

 《わあああ♪》

 森に入るなりすぐに、パムが俺の肩で声を上げた。

 歓声―――喜び驚いた声ってヤツだ。

《すっごーい!どうして?この森、どうしてこんなに活き活きしているの?!

 あたし、ラウルと一緒に色々な所に行ったけど、こんなところ他になかったよ?》

 パムの言うことも、当然だだと思う。俺だってここまで生気にあふれた森林は、今もここしか知らない。

 歩く足を緩めて上を見てみれば、多くの若葉を茂らせた無数の枝が俺達を覆っている。

 枝と枝、そして若葉と若葉の合間からかすかに見える春の空は、まるで大きな宝石箱をひっくり返したようにキラキラと真っ白に輝いてい

 る。

 息を吸えば微かに湿りを感じる空気が、それだけで喉を潤してくれるような清涼感をあたえてくれる。

 耳を澄ませば、小鳥のさえずりが聞こえてくる。そして小鳥の歌を彩るように、緩やかな風にゆれる葉がメロディをそえている。

 そして目を閉じて、全身の力を抜いて………

 ゆったりとそこにある“なにか”に身体をゆだねてみる。するとそれまで見えなかったもの、聞こえなかったもの。

 それまで気付かなかった流れがある事を感じるようになる。

 感じているのに、気づかなかったもの。それが次第にわかるようになれる。

 

 ―――穏やかで、活力のある精気の流れ。きっとこの森はあの時と変っていない。俺が初めてここに来た、あの時と。

 もしも変った事があるとすればそれは………

 

「ラウル、なにを突っ立っている。疲れたのか?」

 真っ白い輝きの中にタクの声が響いてきた。途端に俺の“見ていた世界”が消えて、若葉の天井が戻ってくる。

 人がせっかく心を収束、無にしようとしているところに………

 いや、人と一緒にいる時に“無の心”にかえろうとした、俺の方が無茶だったのかもな。

「………いや、別に」

「どうした、まさか本当に疲れたとか言うつもりではないだろうな?」

「ちょっと考え事していただけだよ。例えば、どんな顔して会えばいいか―――とか」

 十数歩ほど先に行って振り返っているタクに適当な返事をして、止めてしまっていた足を再び動かしだす。

 その時、ふと気が付いた。

 

 ―――そういやば、本当にどういう顔して会いに行けばイイんだ?

 

 最初は“忘れられている可能性”だってある、と思っていた。

 それでも会いに行くのは、俺自身の“ケジメだから”と納得させていた。だけど、こうしてタクが俺を探しに来ているくらいだ。

 忘れられている、ということはまさか“ない”だろうと思う。

 じゃあ、なんでタクはわざわざ俺を探しに来たんだ?

 昔のまま……タクの思いが変っていないなら、彼にとって俺は現れない方が都合がいいはずなんだ。

 彼はあの娘の事が好きだったはずなんだから。

 なんでタクは俺を探しに来たのか。そのあたりすら、俺は正確に聞いてないぞ?

 

 ―――しばらくは会えなくなるぞ。

 

 “会えなくなる”。それだけでも十分ただ事ではない。

 それはわかる。

 だけどそれだけじゃあ、いったい何がどうなっているんだか?

 遺跡が関係しているのは、間違いないだろうけど………

「生きている遺跡……か」

 ソコがどんなものなのか、それはわからない。

 でも俺にはソレがどんな意味を持つのか、それなら想像はついてる。

 もしも俺の想像通りなら、それも遺跡の中に入れるなら、俺はすごく幸運なタイミングでここに来る事が出来たのかも知れないな。

「彼には感謝しないといけないかも」

 俺は微笑を浮かべている事を実感しながら、先を行くタクの背中を追いかけて足の動きを早めた。

 

      ☆

 

「かわらないなぁ……あの頃と」

 これが村についた俺の、第一声。

 村を囲む柵がかわったようだけど、それを除くと家並はほとんど変わっていないように見える。

《ふ〜ん♪》

 この村に来るのは初めてなパムは、よっぽどこの森が気に入ったらしい。

 さっきから上機嫌でチョロチョロと辺りを飛びまわっている。

《ああ。子供の時に来たあの時とほとんど―――》

「これでもこの村は色々と変わっている。建て替えた家もあれば、新たにこの村に越してきた者もいる。

 あいまいな記憶で適当な事を言うな」

《………って言ってるけど?》

「………」

 タクに怒られてしまった………。

 そりゃあ俺だって、すべてを明確に覚えているわけじゃないんだ。気付かない事だってあるサッ。

 それに俺は、雰囲気が変わってないって思ったんだ!

《あ、あたしにアタらないでよ!》

「あ、いや、別にそう言うつもりで“思った”わけじゃないんだが……」

 どうやら俺の心をしっかりと覗いていたらしい。パムの誤解を解こうと、慌てて俺が謝る。

 すると―――

「一人で何をやっているのだ、ラウル?」

「いや、パムが―――」

 言いかけて、俺は口をつぐむ。

「パム?」

 案の定、タクが首をかしげた。

 忘れてた……。

 ちょっと気をつければ、すぐにわかることなのに。

《ラウル、この人にアタシのこと、見えてないんじゃないの?》

《ああ、きっとそうだろうな。そのこと忘れてたよ》

 パムに苦笑して見せる。するとそれを見ていたらしいタクの顔に、再び『?』な表情が浮かぶのが見えた。

 でも、それもすぐに消える。

「貴様がひとりでなにをやっていようと、それは別にどうでもいい。

 だが、お前にいくらかでも彼女のことを思う気持ちがあるなら、早く行ってやったらどうだ?」

「案内はしてくれないのか?」

「……オレにはやることがある。

 お前の言う通り村が変わっていないなら、迷わずに行けるだろう?」

 タクはわずかな間をおいて、皮肉を交えて答えを返してきた。

 そしてそのまま、まったく反論の余地を与えずに、タクは踵を返して村の中へと入ってしまった。

 

      ☆

 

《なによ、あの態度ッ。なんか愛想ワルイぃ!》

 さっきまでの上機嫌から一転。

 よっぽどタクの別れ際のようすが気に食わなかったらしい、パムは俺の肩に座ってさっきから彼の文句を次々と言っている。

 そんなパムに内心ではうなずきながら、今二人(一人と一匹?)で村の中央の通りを歩いている。

 “中央の通り”と言っても、所詮は片田舎の村。

 村の入り口からもう片方の、村の裏側の出入り口まで見通せるくらい短いものだ。

「……なるほど」

 タクに対する“文句”の止まらないパムの事はとりあえず放っておいて、ゆっくりとした早さで歩きながら辺りを見てみる。

 すると彼の言う事もよくわかる気がしてきた。

「直に見てみれば、割とわかるもんだな」

 当時の事を明確に覚えているわけではないけど、それでも確かに家並は変わっているような気がする。

 増えたとか、減ったとか………数はさすがにわからない。

 それでも建ち並ぶ家の中にはまだ真新しいものがあって、彼の言う事も正しい事を証明している。

「でも、変わってないよ。森と、この村の雰囲気は。

 ―――そして、ここも」

 通りに面して並ぶ家並。その中のある一件の前で足を止めた。

 そこは普通の二階建てで、一見するとちょっと大きな民家のようにしか見えない。

 ただ周囲の民家と少し違うのは、入り口に小さな看板が下げられている事。

 看板に書かれているのは―――

 

  { お食事と安らぎの宿 [若葉亭] }

 

―――と単純、誰にでもわかる簡単なもの。

《……だからラウルも、もう少し気配りしないと―――ってなに、ココ?》

「今夜のお宿」

 どうやら放っていた間に、パムの話しの内容は俺に向けられていたらしい。

 全然聞いてなかったことがバレないように、とりあえず簡単に返事をしておいた。

《若葉亭……ココ、宿屋さんなの?》

「そういう事。これでもあの頃は結構大きく見えたんだけどな」

 色々な所に時の流れを感じて、つい苦笑を浮かべながら扉に手をかける。

 飾りのないサッパリとした扉。

 良く手入れされているらしく、軋むような不快な音をほとんどたてずに開いた。

 開いた扉、その向こうを覗き見ると、しっかりとした造りのテーブルとイスがいくつか見える。

 だが、ここから見る限りでは中には誰もいないようだ。

「………」

《……入らないの?》

 様子をうかがっている俺に、パムが不思議そうな声をあげる。

「ん〜………なんかちょっと、な」

《?》

 肩でパムが、首をかしげているのがなんとなく分かる。でも、わざわざ説明する気にはなれない。

 

 ―――まさか、七年ぶりの再会に急に緊張してきてる。なんて、恥かしくて言えないよな。

 

《へぇ〜、ラウルもカワイイところあるんだぁ♪》

「へ?……あ、パム、お前心を読んだな?!」

《あたしが妖精だって事、忘れちゃ駄目よ♪》

 再び一転。俺を出し抜いてご機嫌になったパムは、先に“若葉亭”の中へと飛んでいってしまった。

「良くなったり悪くなったり、コロコロとまぁ……単純なヤツだな」

 そんなパムにあきれながら、俺も中へと踏み込んでみる。

 お昼時をすぎたせいだろうか?

 やはり食堂には人の姿がなかった。

 そこそこの広さの食堂、余裕を持って並んでいるテーブル。

 正面の奥にはカウンターがあって、その手前には二階への階段がある。

「………カウンターの向こうが厨房。厨房の奥には裏口があって、その裏口のそばには水貯めのツボがある」

《なに、それ?》

「この宿の造りさ。ここのことならよく覚えてる。俺がまだ子供の時には、厨房で料理を手伝ったりしたんだ」

《へェ〜………》

 パムに答えながら、ぐるりと辺りを見回してみる。

 ほとんど、いやまったくと言っていいほど変わっていないな。まるで思い出の一ページに入り込んだみたいだ。

《ネェ、ラウル、料理を手伝ったりって……食中毒の患者が沢山でたでしょ?》

 

  コケッ

 

「あ、あのなぁ!

 なんで俺が手伝っただけで食中毒の患者なんか出るんだよっ当時から上手かったんだぞ、包丁さばきなんかはアリアさんにも誉められたし」

《アリアさん?》

「ここの女将さんの事。この人の作る料理が美味いんだ♪

 その上すっごく綺麗で、とても俺と同じ歳くらいの子供がいるなんて信じられないくらい若く見えるんだゼ。ほとんど詐欺だよな!」

《あ、あたしに言われても困るんだけどォ〜。会ったことないモン》

「それもそうだな。ま、もうすぐ会えるさ」

 パムに適当に答えながら、手近な椅子に座ってみた。そしてそのままテーブルにうつぶせてみる。

《なにをしてんの?》

「ん、ちょっと懐かしいことしてみようと思って」

「……それがですか?」

「以前来た、子供の時にな………あれ?」

 聞きなれない声を聞いたような、そんな気がして顔を上げてみた。そこにあったのはパム―――の姿ではなくて、緑色のエプロン。

「あれ?」

 もうちょっと上を向いてみる。するとエプロンの上には赤い髪をした少女が、少しかがむようにして俺の顔を覗き込んでいた。

《ラウル、この娘がアリアさん?》

 違う。いくら若く見えるっても、ここまで若くないよ。

 それに、俺の知らない娘だ。少なくとも、あの時の若葉亭にはいなかった………はず。

「……あの、どなたでしょう?」

「それは普通、私の台詞だとは思いませんか?」

 彼女は腰に手を当てて、ちょっと目を吊り上げて見せている。

 ちょっと怒っている感じで威圧したいんだろう。

 だけど、しっかりした口調も無理して作った吊り目も、かわいらしい声と童顔だから迫力はちょっと………

《ゼロだね、このお姉ちゃん》

 

 ―――パムにもハッキリ言われてるしなぁ

 

 とりあえず念の為にフトコロに潜んだパムの言葉に、心内で苦笑しながら身体を起こして椅子に座り直す。

 するとそれに合わせるように、赤い髪の娘も身体を起こした。

「で、あなたはココでなにをしているの?」

「えっと俺は………泊まりに来たんだけど」

「……本当に?」

「本当に」

 今度は苦笑をそのまま顔に出してしてみせた。

 変わった娘だよな。ジーッと、人の顔見て………あからさまに疑ってるし。

 宿屋に、お客以外で誰が来るって言うんだろ?

「あのさ、そんなに警戒していると客の方が逃げちゃうぞ?」

「え?あ、やだ、私ったらつい………エトッじゃあ、お部屋の方に案内しますネ」

「あ、待った。ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「……なんです?」

 う〜ん、まだ警戒されてるなぁ。と、とりあえず笑顔、笑顔。

 ………って、なんで客の俺が気をつかってんだろ?

「こ、ここの主のアリアさんと、その娘のリムアさん。いまどこにいるかな?」

「アリアさんと、リムア……リムちゃん?」

 彼女がまた、俺の方に疑いの眼を向けてきた。

 それどころかちょっと怒っていような感じで、眉間にもシワが………寄りそうな、表情をしてる。

《ホンッとに、迫力ってのがないお姉さんネェ………》

「昔お世話になった事があるんだ。その時に再会の約束をしていたから、会いに来たんだけど……わからない?」

 どうせ聞かれるだろう、そう思って聞いた理由を先に言ってみた。

 案の定、そのつもりだった様で、半分開きかけてた口を、なにも言わずに閉じて俺の顔を見てる。

 

 ―――筋の通ったことを言われて少しは……信じてくれたかな?

 

《どうかな、なんか訳ありみたいだけど?》

 どうしてそう思うんだ?

《ん〜、なんとなくかな。それともこの人の心、覗いて見ようか?》

 いや、いいよ。

 それより―――

「…あの、お名前は?」

「……へ?」

 パムとの会話に意識をとられていた間に、彼女がなにかを聞いてきていたらしい。

 気付いてなかったものだから、つい間抜けな声を上げてしまった。

「だから、あなたの名前を教えてくださいって言ってるんです。あなたが会いに来たことを伝えてきてあげるから。

 アリアさん、に会いに来たんでしょう?ボーッとしちゃって………大丈夫?」

「あ…ああ、ちょっと疲れが出たかな?

 えっと、俺の名前だったね?名前は―――」

「ラウル君」

 

 ―――え?

 

 目の前の赤い髪の少女とは違う、どこか落ち着いた声が後ろからかけられた。

 一瞬、どこから声がかけられたのかわからなくて周囲に目を走らせてみる。

 だけど、それらしい人影は―――

「あ、お帰りなさい」

 彼女の方が先に声の主をみつけたらしい。その視線を追うと―――背後?

「………」

 俺はすぐに振り向かずに、一度椅子から立った。

 特に理由はなかったけど、なんとなくそうした方がいいように思えたからだ。

 身体ごと、ゆっくり振り向むいてみる。

 さっき通った入り口で、艶やかな翠の髪がそよ風になびいていた。

「お帰りなさい、ラウル君」

 俺の帰りを、その人は笑顔で迎えてくれた。その笑顔が俺の中で、あの日々の顔と綺麗に重なる………

 

 ―――かわらないなぁ……本当にあの頃に帰ってきたみたいだ。

 

 とりあえず一言だけ。なつかしい思いを込めて返すことにした。

「ただいま、アリアさん」

 ..........to be continued...........

 
THE REAL WORLD  Second Season
「麦藁帽子の下で……」 第6章 ☆ “ただいま”


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