THE REAL WORLD  Second Season 「麦藁帽子の下で……」
[ 第七章 ☆ いったい……]

 表の通りからわずかに入ってくる微風。

 その風になびく翠の髪は、晴天の空から降ってくる日差しを浴びて美しく輝いてる。

 いつも見上げていた顔は、今では少し見下ろすようになっていた。

 だけど、この人の優しげな表情はあのころと変わらない。

 「ただいま、アリアさん」

 「お帰りなさい、ラウル君」

 振り返った俺の前には幼い時の思い出と、そのままのようなあの人がそこにいた。

 「大きくなったわね、ラウル君」

 「もう七年、たちますから」
?
  ―――七年、か
?
 自分で答えていながら、少し驚いていた。

 今までなんとも思っていなかったけど、もうそんなになるんだ………

 「七年……ラウル君から見たら、私もおばさんになってるはずよねぇ」

 「そんなことないですよ」

 食堂に入ってきたアリアさんにそんなことを言われて、俺は慌てて首を横に振る。

 「一瞬、あの時に戻ったような、そんな錯覚を覚えたくらいですから」

 「あら、お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」

 「お世辞なんかじゃないですよ」

 そばに来たアリアさんは、あのころと何も変わらないかのような笑顔で微笑んでくれた。

 俺の方が背が高くなるくらい時間はすすんでいるのに、まるで若葉亭の中だけ時が止まっていたかのようだ。

 《ねぇ、この人がラウルの言うアリアさん?》

 苦笑する俺の頭に、パムの声が飛びこんできた。

 (……ああ。綺麗だろ?)

 《ホント、綺麗………でも》

 (でも?)

 《………》

 俺が問い返してみても、パムは考え込んでいるのか何も答えてくれない。少し気になるけど、今は放っておくことにしよう。

 俺にはもう一人、七年ぶりの再会をしないといけない人がいる。

 「ラウル君?」

 「……はい?」

 呼ばれて気がつくと、気づかうような翠の瞳が俺の顔を覗き込んでいた。

 「ボーとしていたけれど……大丈夫?長旅で疲れているでしょ、いまお茶を入れてきてあげるからゆっくりしていて頂戴」

 「あ、ちょっと待ってください!」

 食堂の奥に向かおうと背を向けたアリアさんを、俺は慌てて止めた。

 「あの、アリアさん、彼女は―――」

 「………」

 はやる思いで声が上ずりそうになる、俺はそれを意識して押さえつけなければならなかった。

 七年ぶりの再会、心が弾まないはずがない。
?
 ―――これくらいあたりまえのことだ、何も恥ずかしがることはない。
?
 そう思ってみても、なんとなく期待と嬉しさを表に出すのは恥ずかしく感じてしまう。

 だから、一度言葉を切って少し自分を落ち着かせた。

 「リム……アさんは、居ますか?」

 声を出してから、迷った。昔のように“リム”と愛称で呼ぶか、改まって“リムア”と呼ぶか。

 言ってしまってから、そんなことに真剣に悩んでしまう自分がおかしかった。

 もしもタクと会わなかったら、俺はここでこんなことを悩んだりしなかっただろう。

 そう思うと自分で自分を笑ってしまいそうになった。

 だけど俺は知っている。

 少なくとも、会える。そのことに絶対の自信がある。

 俺は気恥ずかしさで視線をアリアさんの笑顔から、天井にはずして返事を待った。

 「あの子は―――わ」

 「……え?」

 聞こえなかった。

 アリアさんは目の前にいるのだから、話すことが聞き取れないような距離ではないはずだ。

 再会に思いを巡らせるあまり、聞き逃してしまったのか?

 俺が目をアリアさんに戻すと、その表情はなぜか笑ってはいなかった。

 「アリア…さん?」

 「ラウル君、リムはもうここには居ないわ」
?
     ☆
?
 はじめ、アリアさんが何を言っているのか、わからなかった。

 その言葉を理解するまでに、数瞬の“間”が必要だったと思う。

 戸惑う俺の前に、何かが差し出された。

 「……これは?」

 アリアさんが差し出したのは、丁寧に折りたたんだ一通の手紙。

 「あの子の部屋に残っていたの」

 自分でも不思議なほど力のない手で受け取って、開いて見てみる。
?
  『ごめんなさい。』
?
 真っ白い紙にたったの一文。

 「……アリアさん、彼女はどこに?」

 「………」
 俺の問いかけに、アリアさんは表情をくもらせたまま口を閉ざしていた。

 その表情は俺が再会できない不幸を悲しんでいるというよりは―――

 《ラウル、この人迷ってる》

 それまで静かだったパムの声が頭に飛び込んできた。

 (パム、迷ってるって……)

 《何かラウルのこと、心配しているみたい………》

 俺のことを?あの娘じゃなくて?

 ただでさえショックを受けたばかりの俺の心は、パムの意外な言葉に翻弄されていた。

 そんな俺にアリアさんが口を開いた。

 「ラウル君、あの子がいる所を知ってどうするの?」

 「それは―――」

 何かを言いかけて、俺は口を止めた。乱れ踊るようにまとまらない思考を、無理やり押さえつけて考える。

 彼女が残した言葉は、謝っている。ならそれは、現状を彼女が選んだということじゃないか。

 自分で望んでなにかを選んだのなら、その邪魔はしたくない。

 そう決めていたはずだ。

 《じゃあ、会わないの?》

 (……パム。おまえまた人の心を―――)

 《ずっと、楽しみにしていたんでしょ?》

 (………)
 パムの強い声に、俺の言葉はさえぎられた。その声に押されるように、席から立つ。

 俺を見上げる一対の翠の瞳に、どんな表情をすればいいかわからない……。

 「アリアさん、今夜一部屋お願いします。俺、ちょっとその辺歩いてきますから―――」

 ほんの少し薄い笑みを浮かべて、俺はその場から離れた。
?
     ☆
 
 「………」

 一人無言で歩いていた。

 村の中を一周し、今は森の中にいる。

 森は登って来た時と同じように、初めてここに来た時と同じように、やはり生命に満ち溢れた世界だ。

 立ち並ぶ木々は空に伸ばす腕のように幹を伸ばし、その先の木葉をつけた枝は天をつかもうと広げる手のようにも見える。

 その手から逃れることができた、天から降り注ぐ木漏れ日は優しい輝きとなって薄暗い森の下層にいる、俺とわずかに生える下草達を照らし

 てくれた。

 俺の周りの下草達はそのわずかな輝きを少しでも浴びようと、やはりその身を天に向けて必死に伸ばしている。
?
 ―――この森の中で、俺は唯一足元を見ている存在かもな
?
 足元の下草達が木漏れ日を浴び、天に向けてその身を伸ばす姿は、なんだか今の自分と正反対に見えた。

 その下草達を、俺は踏みつけながら歩いている。森の中を歩く以上、それは避けることが出来ないことだ。

 だけど、どの下草が踏まれるのかは俺次第。下草達は俺に踏まれることを選ぶことも避けることも、彼ら自身には出来ない。

 後ろを振り返ると俺に踏まれた下草達が、その身を地面に伏せていた。

 「今の俺と同じだな……」

 言ってから思わず苦笑した。

 俺は止めた足を再び動かす。薄ぼやけた記憶を頼りに、森のある一角を目指して、下草とその草に隠れている森の木々の根に足をすくわれな

 がら歩いていく。すると程なく、水の音が聞こえてきた。

 水が流れるというよりは、落ちる音。風に揺れる木の葉の擦れる音に混ざって聞こえてくる、その音の元が今俺の目指す目的の場所だ。

 歩きにくい森の地面を、足を振り上げて小走りに駆ける。次第に、しかし確実に水音は大きくなっていく。

 「もう―――そう遠くはない」

 そう思ったのとほぼ同時に森の木々が途絶え、開けた空間に出た。

 森の中では数少ない“木の葉の天井”のない空間は、奥にそそり立つ岩壁までの間を綺麗に緑の絨毯が敷きつめ―――

 いや、背の低い下草達が生い茂っている。
?
  ドドドドド………
?
 ここまで来ると、水音はさらにハッキリと聞こえるようになっていた。

 俺が小さな草原に足を踏み入れと、頭上に広がる青い天井から暖かな春の日差しが、草原の上を歩く俺にも降り注ぐ。

 小さな草原の向こう、そこに背の低い木々が垣のように並んで生えている。目的の場所はその向こうにあるはずだ。

 「……いや、これは実際に垣そのものだったな。あの時これに頭から突っ込んだんだ」

 懐かしい思い出に苦笑しながら、俺は垣を作る木々の層が薄いところを分けて中に入った。
?
  ドドドドドッ
?
 垣の内側、そこには滝があった。

 岩壁から吹き出る水が、激しく岩肌の地面を打つ。

 その音があたりの森に鳴り響いている。

 「水量が増えたのかな………以前より少し激しくなっているみたいだ」

 でもそれ以外は特に変わった様子はなかった。

 水をかぶらないように小柄な滝を遠巻きにまわり、森の中へ流れていく小川の始点を渡り、再び滝のそば―――

 さっきの反対側から見上げても、それでもほとんど思い出の中と変わらないように見える。

 変わっていない―――それがどことなく、うれしかった。

 しばらく滝を見上げて、その轟く滝の声に耳を傾けてみる。すると不思議なほど心が落ち着いていくのがわかる。
?
 ―――逆を言えば平静を保っていたつもりが、それほどに乱れていたんだな
?
 いまさら気づかされたことに苦笑しながら、懐を覗き込んでみる。しかしそこにいるはずの姿はなかった。

 「パム、いるか?」

 《……なに?》

 宛てもなく声をかけてみると、少し間を空けて声が返ってきた。その姿を探すと、俺の真上で翼を羽ばたかせる彼女がいた。

「そばに居たのか?」

 《ずっと居たよ。知らなかったの?》

 「……いつも騒がしい奴が珍しく静からだから、散歩に行っているのかと思ってたよ」

 適当な言い訳で取り繕いながら、彼女から目を下ろして足元の周りを見回してみる。

 この辺りはうまい具合に水が跳んでこないのか、割と滝の近くの割には岩肌が濡れていないようだ。

 《フンッどっかの誰かが元気なくなるから、アタシまで元気なくなったんじゃない!》

 威勢のいい声とほほ同時に“ポンッ”と何か軽いものが頭の上に落ちてきた。

 きっとパムが羽ばたくのをやめて俺の頭に飛び降りたんだろう。

「それは悪ゥございましたな」

 彼女を落とさないように気を使いながら、その場に腰を下ろす。

 座るならもう一度垣の向こう、草原のほうに戻ったほうが柔らかくて気持ち良いかもしれない。

 そうも考えたが、なぜか今はこの滝の見えるところでゆっくりしたかった。

 暖かな春の日差しと、そばで轟く滝の冷気が気持ちいい。
 《……ラウル、これからどうするの?》

「そうだな……」

 おそらく俺の頭の上でくつろいでいるのだろう。

 頭の上にいるパムの一言に、俺は今ここにいる最大の理由がなくなったことを思い出した。
?
 ―――あの娘に会えなくても、俺の旅そのものは終わらない
?
 俺は首から下げている紐を引き上げて手に取った。

 首にかけるために輪状に結ばれたその紐には、一つの透明な宝石が下げられている。

 《ラウル、それ……》

 「前に話した事なかったかな。この森で再会するはずだった娘からもらったんだ。約束が守ることができるように、ってな」

 《ラウルはちゃんと約束を守ったんだもん。何も気にすることはないよ……》

 約束を守った、か。

 たしか俺の“約束”って………
?
 ―――ラウル君のは今朝の“あたしが大人になるまでに迎えに来てくれる”ってのを守ることが出来るようにお願いしているの。
?
「………」

 大人―――つまり成人として認められる基準は、人種によってさまざまだ。地域によっても色々ある。

 それでも“人”には違いないだけに、大体は似てくるもの。

 条件の有無があったりするが、たいていの種族は年齢が十八歳あたりで成人をする。

 俺がいま十九。彼女は確か遅生まれで、この時期なら俺よりまだ二つ下、十七歳のはず。

 俺の記憶違いでなければ、だけど。

 「ざっと考えて、まだ半年くらいはあったはず」

 《どうして待てなかったのかな?》

 「どうして?そりゃあ―――」

 何かを言おうと、口を開いて―――そこで一つ大事なことを思い出した。

 《そりゃあ、なに?》

 「俺、彼女がいない理由、聞いてなかった………」

 《………へ?》

 頭の上でパムが素っ頓狂な声をあげた。

 「よく思い出してみたら俺、いないってことが衝撃で、そのあたりのところを聞き忘れてきたんだ」

 《で、でもラウル、さっき“選んだことだ”って………》

「それは間違いない、と思う。でもな、彼女はいったい何をどう選んだんだ?」

 考えてみれば、まだ知らないことが多すぎる。

 もともと来る意思があったとはいえ、俺を急かせて連れてきたのはタクだ。彼なら何か知っているかもしれない。

 《宿屋の人には聞かないの?》

 「もちろんアリアさんにも聞いてみる。だけど話してくれないかもしれない」

 《なんで?》

 「おまえが言っていたじゃないか、何か迷っているって。リム……彼女がいったい何を選んだのかわからない。

  けど、それがもしも“誰を選んだか”なら、俺が会いに行くのは好ましくないかもしれないだろ?」

 パムに話している間に、俺の脳裏を一つの顔がよぎった。

 勝ち誇ったような顔をした、綺麗な紫色の髪の娘だ。

 「………ったく。人が良い話を断って、ここまで来たって言うのに」

 《?でもラウル、アタシがほんのちょっと覗き込んでみたとき、あの綺麗な人はむしろラウルのことを心配して―――キャッ》

 パムの説明に耳―――というか心を傾けて聞いていた時、俺は“何か”に気付いて半ば跳び上がるようにして立ち上がった。

 その反動をそのまま利用して、その場から二、三歩踏み出して離れるッ。

 《☆■▽♀◎★△♂!!!》

 頭の上でパムが何か叫んでいる―――いきなり立ったことへの抗議だろう―――が、とりあえずそれは無視した。

 右手を剣柄にかけて“何か”を探す。いや、探すまでもなかった。

 滝の轟く音で気付きにくかったとはいえ、かなり近く、わずか十数歩の距離にその娘はいた。
?
 ―――人がこんな近くに来るまで気付けなかったなんてっ
?
 これも会えなかったショックのせいなんだろうか?

 自分の“ヌケ”具合に呆れながら相手を確認すると、とりあえず見覚えのある顔だった。

 「……あ、あの」

 「君は、さっきアリアさんのところにいた―――」

 「あむるです。若葉亭でお仕事させてもらっている“あむる・ふぃあ・れいちぇる”ですッあ、怪しい者じゃありまぜんッほ、ホントす!」

 すぐそば―――座っていた俺の背後に立っていたのは、若葉亭で見かけたあの赤毛の娘だった。

 なぜか緊張しているみたいで、言ってる名前も“ひらがな”なにってしまっている。

 《なぜか―――って、それはラウルの手が剣に伸びてるからじゃない?》

 (あ、なるほど)

 言われてみれば俺、つい身構えていたんだ。

 俺が柄から手を離すと、それを見て安心したのか緊張していた彼女の表情が安堵に変わった。

 「それで、え〜と…レイチェルさん」

 「アムルでいいです。 それより、本当にあなたが“あの”ラウルさんなんですか?」

 “あの”って言われてもなぁ……きっとアリアさんから聞いたんだろうけど。

 《いったいどんなこと言われてるんだろうね?》

 (……あんまりいい予感しないから、聞きたくないなぁ)

 いい思い出がないわけじゃないけど、悪い印象の出来事のほうが多いからなぁ。

 まぁ、ヒドイことは言われていない、と思うけど。

 「あのラウル?と言われても答えようがないけど、でもおそらくそのラウルだと思うよラウルなんて名前、そんなに珍しいものじゃない。

  だけどアリアさんは俺のことをハッキリ覚えていてくれたんだ。この娘が若葉亭にいたことを考えれば、きっと聞くまでもないだろう。

  そんなことを考えながら彼女の反応をまってみる。すると彼女は、俺の想像を覆しかねないようなことを言い出した。

 「私、何度もリムちゃんからあなたの事を聞かされていました。

  あなたが本当にあのラウルさんなら、リムちゃんを助けて……あげてくだい………」

 「……助ける?」

 《え?だってラウル、会いに来た娘がいないのはその人が“自分で選んだ事”って言ってなかった?》

 (言った。いや、少なくともそう考えた)

 アリアさんに見せられた彼女の書き残した手紙には謝る言葉が書かれてた。

 たった一言“ごめんなさい”と。

 それは彼女が、俺との再会よりも優先する何かを選んだから。だから謝っていたんじゃないのか?
?
 ―――いったい、何が起こっているんだ?
?

 ..........to be continued...........

 
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「麦藁帽子の下で……」 第七章 ☆ いったい……


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