THE REAL WORLD  Second Season 「麦藁帽子の下で……」
[ 第八章 ☆ 扉 ]

 ☆ eye‘s ☆

 
 「いったいリムに、あの娘に何が起こっているんだ?」

 少年から青年へ、ちょうど変わっていくような年齢の男。私の眼下で、彼は前にいる若い女性に声をあげていた。

 その青年に女性は少し戸惑うような表情を見せたが、頭一つ背の高い彼の顔を一度見上げると、その彼の手を取った。

 「ついて来て下さい。案内します!」

 「君は、知っているのか?」

 女性の突然の行動に、彼が多少驚くような声をあげる。

 「歩きながらお話します!」

 彼女の言葉に、彼は間をおかずにうなずいた。それを確認した女性は先に立って歩き始めた。

 当然、彼もその後に続いていく。

 私は去っていく彼等をしばらく見ていたが、その姿が森の木々に隠れて見えなくなると両の翼を大きく広げて木の枝を蹴った。

 一瞬フワリと浮き、すぐに重力に引かれて降下が始まる。翼で風を操りゆっくりと下に、速い速度で前へと滑るように進む。

 森の木々とその枝をかすめるように避けて宙を滑る。

 私の行く先にはちいさな村がある。

 村には木と岩を削りだして素材とした家が立ち並んでいた。私はその中でも最も大きな家へと向かう。

 最も大きいと言っても、それほど飛び抜けて大きいわけではない。むしろ仮にも長の家としては質素なものだろう。

 私は長の家の、向かいの家の屋根へと降りた。長の家はこの村では数少ない二階構造をしている。

 この向かいの家の屋根は、長の家の二階部屋を覗くにはちょうど良い高さだ。

 「なんで止めなかったんですか!」

 突然、少し離れた部屋から怒鳴る声が聞こえてきた。

 その部屋のほうへと歩み寄る。部屋の中には青年が一人、間に机を一つはさんで椅子に座る男が二人。

 二人の男はそれぞれ中年と、老人と言えるような年齢に見える。

 「彼女が入ろうとするなら、止めてくれと言っておいたではないですか!?」

 「………」

 「………」

 怒鳴るように声を荒げているのは青年のようだ。

 彼を前にしている二人の男は、口を閉ざして彼から目をはずしている。

 「村長ってのは村の長、人々を束ね村を治める者。人の上に立つ者はその人々を治めるものは、時には矢面に立ち、村を守らねばならない。

  そうオレに教えたのは父さん、あなたじゃないか!」

 「………うるさい。若造が大きな口をたたくな」

 「子供扱いして逃げるないでください。

  ……オレに教えてくれたあれは、所詮は偽善なのか?単なる建前なのか?!」

 「………」

 「タクア、それ以上言うでない」

 バツが悪いのか、村長と呼ばれた男は口を閉ざしている。

 その彼に救い船を出そうと、老人が口を開いた。

 「人々を束ね村を治める村長といえど、所詮は人の子じゃ。

  この大任を受けてくれる者を求む、我々の願に応える者がいないのならば、仕方ない。

  その時には長の家族ともども、村のために尽くさねばらん」

 「だが、あの娘はこの大任を請け負うことがどういう意味を持つか、それを知っている上で自ら志願したのだ。

  私は村長の前に、人としてこれを断ることができなかった」

 心の内をもらすように村長が老人の言葉を継いだ。彼は顔を伏せたまま、握り締めた自分の手を見つめている。

 その声は“聞かせる”というよりも、ただ“言葉にして”いるだけように感じられる。

 「タクア。おまえは愛され、望まれているのだ。そのことを喜ばねばならん」

 「わかってます。………いや、わかりました。もう何も言いません」

 老人の言葉に、青年は言い直して返事をすると踵を返した。村長と老人、二人に背を向けて扉のほうへと足を運ぶ。

 「タクア、どこに行く?」

 扉のノブに手をかけたところで、村長が彼を止めた。しかし彼は背後を振り向かずに扉を開く。

 「……事情を説明してやらないといけない者が一人いるんです。オレが連れてきた以上、オレが説明しないといけないでしょう」

 言葉だけを残して、彼は扉の向こうに消えた。

 「………」

 「………」

 村長と老人、二人はタクアの消えた扉を、声もなく見つめている。その姿はまるで残されてしまった者のようだ。

 「……私は、間違っていたのでしょうか………」

 しばらくして村長がうなだれたまま口を開いた。その口から出た言葉は、その顔とともに苦渋の色が濃い。

 「誰もお主を責めんよ。確かに正しいとは言えんかもしれん。

  じゃが間違っていたとは思えん。なにが正しいことか、いったい誰にそれが理解することができるじゃろう………

  なに心配することはない、じきにあやつにもわかる。親の心というものがの」

 老人の言葉に、村長はかすかにうなずいた。
 
 ―――長い年月を経て、姿が変わってもなお、二つの合間で揺れるか。まったく、面倒なものだ………
 
 <ワタシ>の憐憫とともに、私は目を閉じた。

 フェード・アウト………
 

 
  ☆ ラウル eye ☆


 
 「もうお気づきかもしれないけれど、実は私はこの村に来てからまだ日が浅いんです。

  だからあまり詳しいことは知らないんですけど―――」

 彼女は森の中を足早に、時折太く伸びる木の根を軽く飛び跳ねるようにして歩いていく。

 俺が彼女―――アムルさんの後を追って歩いていると、前置きをしてから彼女の知る限りのことを俺に話し始めてくれた。

 「きっとリムちゃんは、聖域にいると思うんです」

 「聖域?この村って、何かを集団信仰しているのか?」

 思い出せる限りでは、『あの娘』にもアリアさんにもそういう素振りは無かったけどな?

 「いえ、そんなことはしていません。

 聖域と言う呼び名はリムちゃんから聞いた通称で、正確には村長以外は近づくことを禁じられたところが、この森の中にあるんです」

 「なるほど、おいそれと近づいちゃいけないから“聖域”か」

 俺はよくある話に納得しながら、軽く地面を蹴って木の根を踏み越えた。

 気が付けば彼女の左右に分けるように結んだ赤い後ろ髪は、俺の顔よりも高いところで上下にピョコピョコと揺れている。
 
 ―――どうやら上に登ってるみたいだな。
 
 どこにいくのかわからない俺は、ただひたすら彼女の後を追うしかない。

 彼女はリズミカルな足取りで、まるで不規則な階段のようになっている森の斜面を登っていく。

 慣れているからなのか、決して速い動きには見えないのに彼女のペースは遅くない。

 俺はと言うと半ば走るような感覚で、力任せ、体力任せに赤い髪を追いかけていた。

 《ラウル、なんかすごくバタバタしているね?》

 (やっぱり、そう見えるか?)

 パムの声が頭上から聞こえてくる。とりあえず心の声で返事を返すが、上を振り向いたりはしない。

 そんなことをしては木の根に足を引っ掛けてしまう。

 まぁ、それ以外にもパムが頭の上に乗っているから、と言うのも一つの理由だが。

 《うん。あのお姉さん、あんなに簡単にぴょんぴょん登ってるのに、ラウルはすっごく大変そう》

 (そう思うのなら頭から降りて、自分の翼で飛んでくれないか?)

 《やだ。》

 (たった一言、それも即答かよ)

 思わず一割ほど疲れが増えたような感じがした。

 が、こんなところで足をフラつかせたらいったいどうなるか?

 丘の斜面に伸びる木の根が雄弁に物語ってくれているだけに、何とか気合で持ち直す。

 《ラウル、お姉ちゃんから遅れたよ!》

 パムの声に顔を上げてみると、確かに十歩分ほど遅れていた。話を聞くには少し遠い距離だ。

 これを詰めるのは現状ではちょっと辛いが、情報を得るにはやるしかない!

 (パム、ペース上げるから落ちないようにしがみついていろよ!)

 《は〜い!》

 返事とともに髪の毛をグッと引っ張られるような感じがする。

 それを合図に本気で地面を蹴る。いくら彼女が速いと言っても、軽い駆け足くらい。

 平地のようにはいかないが、本気になれば追いつくくらいはすぐにできる。

 「ハァハァ あ、アムルさん!」

 「はい、何ですか?」

 「いくつか、ハァハァ確認しておきたいんだけど!」

 くそ、何十秒も全力疾走したわけじゃないのに、もう息が切れる、なんて。
 
 ―――これじゃまるでこの娘よりも体力がないみたいで、情けないじゃないか!
 
 「それがリムちゃんのためになるなら、何でも答えますよ」

 「…いまその聖域に、向かってる、わけだろうけど、何でその聖域に、あの娘が、いるって、思ったんだ?」

 「村長です。少し前のことになるんですけど、村長さんが村の皆さんを集めて話をされたんです。『前任者が帰ってきた』って」

 「前任者?」
 そういえばタクアも同じようなことを言っていたな。確か、前任者、生きている遺跡、開いた扉………。

 「あとほかには『無傷で無事に帰ってきてくれた。

  ―――無事と言っていいのか、私にはわからないが』という風に言われていました。

  私には無傷なことがなぜ無事と言えないのかわかりませんでしたが、皆さんは安堵のため息とともに哀れむような表情をされていましね」

 《無傷なのに無事じゃないの?》

 「まるで謎解きだな。―――でもそれが何であの娘が聖域に?」

 「村長さん、最後にこう言っていたんです。
 
  『次は一名、本日から一月間以内。条件は若い者であること。我がという者がいたら、私のところまで来てくれ―――たのむ』
 
  私はなにも知らないのでわからないのですけど、あの時の村長さんの最後の一言はとても必死に見えました。

  そのころから、リムちゃんは村長さんの家に行っては、タクさんとよく喧嘩していました。

  よくある光景だったんであまり気にしていなかったんですけど、今にして思うと度が過ぎていたように思うんです。

  特にタクさんは本気で怒鳴っていましたから」

 「………ちなみに確認しておきたいんだけど、今の話から察するにタクア、つまりタクは―――」

 「あ、ごめんなさい。てっきりご存知のものと思っていました。タクさんは現在の村長さんの長男にあたる方です」

 「なるほど、ね」
 
 ―――何を思ったのかわからないが、あの娘は――リムは村長の“たのみ”を聞いて“そこ”に行ってしまった。と、考えられるわけか。
 
 「ラウルさん、見えてきました!

  あの木々の空けたところが立ち入り禁止されたいわゆる聖域で、その中央の大きな岩に“扉”があります!」

 「扉?」

 《こんなところに扉って、それって―――》

 パムが何かを言い切る前に、俺たちは森を抜けた。


     ☆
 


 森を抜けたそこはちょうどこの丘の頂上だった。

 頂上のそこはなぜか円形に木が一本も無く、少しくぼんだ草原のようになっていた。

 そしてその草原の中央に、見上げるようなほどの大きな岩が一つたっている。

 「その中央の岩を中心としたこのあたり一帯を聖域、つまり近づいてはいけない場所として言われている所なんです」

 ここまで案内してくれた彼女の指す先には、この丘の最も高いところに立つ岩があった。

 見上げるような巨大な岩のその腹には、確かに扉に見える金属製の板が埋め込まれている。

 色は非常に淡い薄紫で、暖かな春の日差しを浴びるその扉は美しく輝いている。

 《周囲の森は新緑が綺麗で、ここは小高い丘の山頂。

  ちょっとした草原に見上げるような岩と、そして春の日差しに輝く薄紫の扉………ピクニックだったら最高かもネ♪》

 (パム、お前なぁ……)

 思わず苦笑しながら扉に歩み寄り、右手を握り軽く扉をたたいてみる。
 
  ゴンッ ゴンゴンッ
 
 確認するまでもなく、硬い。そして鈍い音が、その厚さを想像させてくれる。

 《ラウル》

 (ン?)

 《この扉って、ようするに遺跡?》

 (………)

 俺はパムの問いにあえて即答せずに、もう一度改めて扉を見上げてみた。

 薄紫色をした扉、正確なことはわからないが恐らく材質は金属の一種だろうと思う。

 俺達の時代、つまり現代では同じ金属を作ることも、この扉を加工することもできないだろう。

 かなり特殊な金属だ。

 もっとも、これが当たり前に使われていたころ―――

 俺達が『鉄と岩の時代』と呼んでる前文明ではごく当たり前な素材のようで、遺跡ではよく見かけるものだけどな。

 「まぁこの金属が使われているんだ。十のうちの八・九の確率で遺跡と見て間違いないだろうな」

 《じゃあ、あたし達を連れてきたあの人が言ってた開いた扉って、これのこと? ……閉じてるようにしか見えないけど》

 確かにパムの言う通り、いま目の前にある扉はまるでただ岩に埋め込まれているかのようにすら見える。

 これでは人はおろか、虫すら通れそうにない。

 (開いていたんだろ。きっと、タクアが俺を探しに村を出るころまでは。

  だけど誰かが中に入った。それで中から閉めたのか、閉められたのか………)

 「その扉を自由に開けることは、誰にもできないそうです」

 俺とパムとの心の会話が聞こえたわけではないだろうが、少し離れたところに立っている彼女が扉を見ながらそんなことを教えてくれた。

 その表情は少し悲しげで、ひょっとしたら扉の向こうに誰かを見ているのかもしれない。

 「誰にも?」

 俺は手探りで扉の表面をさぐりながら、背後にいるはずの少女に問い返した。

 軽く見積もっても数百年。

 風雨にさらされてきたはずにもかかわらず、扉の表面には傷や凹みはまったくない。

 まるで名工が仕上げたガラスのようにツルツルしていた。

 「わ、私が聞いた限り、村長さんは『ほとんど皆無』って言っていました」

 「ほとんど? ―――なんだ、じゃあ過去に開けた奴がいるんだ。俺が初めて自分の意思で開けた奴になろうと思ったのに」

 「え?」

 俺の言葉がよほど意外に聞こえたのか、背後で声があがった。

 ちょうどそれとほぼ同時にそれまで何一つ変化のなかった扉の表面に小さな凹凸を俺の指先が見つけた。

 「ほ、本当に開けられるんですか?」

 「開ける」

 一言だけ返して、見つけた微かな凹凸を元にその周囲を調べていく。

 指の腹で微かな段差をなぞると、俺の指は四角を描いていく。

 そして―――
 
  シュッ!
 
 「……よし!」

 《何か……出てきたね?》

 指先でグルリと四角を描いたあと、俺が手をかざしてみると微かな音とともにパネルが現れた。

 数字と文字が、幾つかの列に分かれて並べられているだけの、簡単なものだ。

 「あの『よし!』って、まだ扉は開いてないですけど………これって何ですか?」

 「まぁ、ようするに『鍵』だよ。この扉のね」

 「……鍵、ですか?この模様が……」

 背後から俺の手元のパネルを覗き込んだ彼女が、不思議そうな、納得できないような声を上げた。
 
 ―――まあ無理もないか。
 
 パネルに描かれている文字や数字は、先文明の古代文字。

 普通の人には読めるわけがないし、俺だってそらで解読はできないのだから。

 「君が模様って言ったこれらは、こういう遺跡がまだ『遺跡』ではなかったころのもの。

  つまり俺達の前の人々の使っていた文字と数字なんだ」

 簡単に説明しながら、上着の内側にあるポケットをあさってみる。

 普段パムが入り込んでいるのとは反対側に作ったポケットから、古ぼけたボロボロの手帳を取り出す。

 《でたッ ラウルののーみそ!》

 (の、ノーミソって、あのなぁ……)

 《だって昔、言ってたじゃん。『これは俺の二つ目の頭だ』って》

 確かに取り出したこの手帳には、俺の知り得たすべての情報―――知識が書き込まれている。

 遺跡に関することを中心に、子供のころからの経験で得たものをすべてまとめたものだ。

 時が過ぎればすべてのことがあいまいになっていく本当の『頭』よりも、この手帳にまとめたものはよっぽど信頼できる。

 それだけに、昔からよくこの手帳のことを第二の頭脳なんて言っていた。

 だからパムの言うことを否定する、ってな気はない。

 ないが………

 (頭だろ、頭。何でそれがノーミソになるんだよ?)

 《だって人って頭の中にノーミソが入ってて、ノーミソで覚えたり考えたり忘れたりするんでしょ?》

 (そ、そりゃそうだけどな―――)

 《じゃあ、やっぱり書いたり、書き直したり、消したりするその手帳は『のーみそ』だよ》

 (そ、そう言われると………)

 そういう気もしてくるな。

 確かに俺って、自分で覚えていることよりもこの手帳の方が信じられるし。

 何か悩みがある時も、この手帳を開いて考えていると不思議とまとまるし。

 やっぱり俺にとって、この手帳って第二の脳?

 いや、ちょっと待て。

 安直に考えすぎるぞ。大体この何冊もつなぎ合わせてブ厚くなった、ボロボロの手帳を第二の脳と認めるということは………
 
 ―――俺自身の脳も同じようだと認めることに……なりはしないか?
 
 それはちょっと嫌だな。この年季が入ったボロボロと同じというのは………。俺、まだやっと成人したはかりだぜ?

 「あの〜、ラウルさん?」

 いや、待てよ。この年季の入り具合、見方を一つ変えれば経験の豊富さを物語るじゃないか。

 ウン、そう考えれば悪くないな!

 《お〜い、ラウル〜、そろそろ自分の世界から戻っておいで〜》

 「リムちゃんを助けに行くためにも、早くこの扉の鍵を何とかしないと………ラウルさん?」

 《ラウル〜、早く戻ってこないと変な目で見られちゃうよぉ………アッ》

 大体、この手帳には俺の十数年が詰まってるわけだから、年季が感じられるのも当たりまえだな。

 そう考えるとこのすべてを物語るような渋味がなんとも―――

 「ラウル!」

 《ひゃん!》

 「きゃっ」

 「!」

 突然の大音声に後頭部を叩かれたような衝撃を感じて、思わず身をすくめた。

 目だけ動かしてあたりを見ると、いつの間に下りたのかパムは俺の肩で両耳をふさいでいるし、隣ではアムルって娘も驚いて目を丸くし

 る。

 「こんなところに居たのか、ずいぶん捜したぞ」

 聞き覚えのある若い男の声。振り向いてみると、タクアが何か竿状の物を担いで森を出てくるところだった。

 「さすがと言うか、めざといな。もうココをかぎつけていたか」

 「………」

 猫人系特有のしなやかな歩みを見せる身体に、威圧的な笑みを浮かべる顔を乗せている。

 そんな感じの今の彼に、俺は思わず身構えたくなる衝動を覚えた。

 その衝動を自分の中でグッと抑えて、手にしていた手帳のページをめくる。

 「………ラウル、話は聞いたか?」

 隣に立つ娘を一瞥してから、タクアが聞いてきた。その表情からは、笑顔だけが消えている。

 「詳しいことはまだわかっていないけどいくつか、聞かせてもらったよ。だから、俺は中に入る」

 「過去に、お前の父親が入ることができなかった遺跡だと言ってもか?」

 「………」

 俺はなにも答えずに、再び扉へと向きなおした。

 すでに手帳は目的のページを開いている。

 あとは―――

 「聞いているのか、ラウル。そこはお前の父親でも入れなかった。お前に、その扉が開けられるというのか?」

 タクアは繰り返し訊いてきたが、俺はあえて無視した。

 扉のパネルの文字と、手帳のメモを見比べていくつかの確認をとる。

 間違えれば、当然開かない。開かなきゃ思い出の娘とはあえないし、この遺跡の中を見ることもできない。

 つまり、間違えられない。絶対に。

 「どうなんだ、答えろラウル!」

 「タクさん、少し落ち着いてくださいッ 今この場でリムちゃんを助けられる可能性があるのは、あの人だけなんです。

  だから邪魔しない ください!」

 確認作業を進めながら『外野がやかましい』なんて思っていたら、意外なところから強力な応援が出てくれた。

 彼も意表つかれたのか、すっかり面食らった顔をしている。

 「リムを助けられるのがあいつだけって……、そんなことはない。

  もともと俺だってリムを連れ戻すつもりでここに来たんだ。いざとなればこれでその扉を叩き割るッ」

 「……げっ」

 そう言って彼は、それまで肩にかついていたものを地面に立てて見せる。

 それを見て俺は、ついあきれた声を出してしまった。

 《ラウル、あれなに?》

 (なんて言うか、棹状武器の一種になるんだろうな。基本的に、長い棹の先端に重りや斧をつけた武器だ。

  ……まぁ、あれはちょっと極端すぎるけど)

 実際にタクアの持っている物も、長い棹の先端に斧を縛り付けた簡単な物のようだ。

 ただ、いったいどこから持ってきたのか、その棹は彼自身の三倍はありそうなとんでもない長さをしている。

 (あれじゃいくらなんでも、戦いには使えないぞ……)

 《いいんじゃない?もともと相手は動かない扉だったんだし。

  むしろあたしはあの森の中を、よくここまでアレを担いでこれたなぁって思うけど》

 (……なるほど、確かに不思議かもしれない)

 パムの疑問についうなずきながら、俺は手帳を閉じて懐に戻した。

 《あれ?もうのーみそいらないの?》

 (ああ、確認はもう終わった)

 《え〜と………開くの?》

 (心配してくれてるのか?)

 《まぁ、ちょっとだけ》

 もしもの時のことを考えて、気遣ってくれているんだろう。

 普段は元気の塊のようなパムにしては、珍しくしおらしい。

 まぁ、アムルって娘が止めてくれているとはいえ、後ろにやかましいのがいるからな。

 「ラウル!まだ開かないのか?モタモタするくらいならオレが叩き壊すから―――」

 「タクさん!」

 後ろからタクアの怒鳴る声が聞こえてきたと思ったら、それより大きい女の子の声にかき消されてしまった。

 振り返ってみると自分よりも頭一つは大きいタクアをすっかり押さえ込んでいる。

 「だ、だから一刻も早くリムを―――」

 「そんなものを振り回すような無茶な方法は、一番最後です!

  だいたい、中にいるはずのリムちゃんにもしものことがあったら、どうするんですか!」

 《あのお姉ちゃん、思ったよりもすごいんだね……》

 (さっきの宿で会ったときとは別人みたいだな。芯がしっかりしていると言う感じかな) 

 俺よりも背の高い、しっかりとした体躯をした彼――

 タクアが、赤毛の少女の迫力に後ずさりしている様子を見ていると、思わず笑いがこみ上げてくる。

 (さて……七年、俺も伊達に時を過ごしてきたわけじゃないことを見せてやるか)

 《ウン、がんばって!》

 (用心のために、一応パムは少し離れてろよ)
 
 ―――まだ『生きている遺跡』ってのが、正確にわかっていないからな
 
 俺は渋るパムを少し無理やりに空へ放り上げた。

 そしてパネルをもう一度確認してから、俺は迷わずそこに並ぶ文字を指で押した―――

 ..........to be continued...........

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