THE REAL WORLD  Second Season 「麦藁帽子の下で……」
[ 第九章 ☆ 赤毛の子 ]


 
 ……………

 あたし……

 どうしたんだろう?

 まるで、フワフワと宙(そら)に浮いているみたい………

 なんだか、とってもやわらかい気持ち

 ―――まるでお母さんに抱かれているみたい……
 
 (みんな…みんな、忘れてしまいそう……)
 


?
 ☆ ラウル eye ☆


?
 「無事に中へ入れたのはいいのだが……」

 前後左右にのびる通路へ視線を走らせて、タクアがぼやくようにもらす。

 「こうも同じ景色ばかりでは自分がどこに居るのか、わからなくなってくるな」

 いま俺達は一本の通路を歩いている。

 床、壁、天井に至るまですべてが薄い青色に塗られた通路、壁に一定の間隔で連なる薄緑の扉。

 それが永遠に続くかのように、前後に見える限り続いている。

 時折見えてくる横道がなければ、本当に前に進んでいるのか?と自分の足を疑いたくなるほどだ。

 「遺跡に入ってからここまで、ずっとまっすぐ歩いてきたんだ。とりあえず迷うことはないだろ」

 苦笑しながらタクアに返事を返して、自分も一度後ろを振り返ってみた。

 俺達があの扉からこの通路まで降りてきた斜面は、もうかなり後ろのほうに見える。
?
 あのあと無事に、俺は扉を開くことができた。

 開ける自信はあったが、さすがに確信はなかっただけに開いたときは正直ホッとした。
 
 ―――親父が作った解読法と、以前某所で見つけて記録しておいた古代語のおかげだな。
 

 扉の向こうには、割と急な斜面(スロープ)が下っていた。

 俺とタクアの二人は、上にアムルさんを残して中に入ってきた。

 念のために扉には、勝手に閉じないように楔を打っておいた。

 だけど、それにはあまり期待はしていない。

 「……こうも辺りの様子に変化がないと、少し不安になってくるな。

  ラウル、遺跡というのはどこもこんな感じなのか?」

 「そうだな………今までにいくつも遺跡をまわってきたけど、大体はこんな感じかな。ただ―――」

 タクアの質問にうなずいて答えながら、俺は手近な扉に触れてみた。

 すると俺が触れた扉は音も立てずに スッ… と開く。

 無論、俺は触れただけだ。それ以上の力は入れていない。

 「………」

 背後でかすかに息をのむ声が聞こえる。

 遺跡(ココ)に入ってから俺が何度かして見せたことだが、一度二度見たからといってそう簡単には慣れるものではないらしい。

 「それでも、こんなに綺麗な……正常な遺跡はほとんど無かった。

  いくら文明が俺達に想像もつかないような発展をしていたといっても、人がいなくなってから軽く数百年は経ってるわけだから………」

 「そうか、痛んでいてあたりまえというわけか。なのにここは痛むどころか、ホコリもチリすら無いようだ………」

 俺が何を言いたいか気がついた―――

 そんな表情(かお)でタクアが首をまわして辺りをグルリと見る。だけど、わざわざ周りを見て確認するまでもない。

 この遺跡が、俺の知る他よりもすごいことは、痛んでいないことやチリ一つ無いことじゃない。

 本当にすごいことは―――

 《本当にすごいのは、松明(たいまつ)みたいな明かりが要らないことだよね》

 「………」

 《あれ?違った? それなら今でも扉が触れただけで勝手に開いたりするキコウがまだ動くこと?》

 「ラウル……目に涙なんか溜めて、どうかしたのか?」

 「…いや……ちょっと―――」
 
 ―――ぱ、パムのやつぅ!

 (やい、パム! おまえ人が独り言(モノローグ)して適度な興奮と緊張感を盛り上げよう―――って時に、心が見えるからって横からおい

  いところをかっさらうな!)

 《だってぇ、ヒマなんだもん。ラウルったらさっきからなんかピリピリしてるし》

 (あたりまえ。ココは今までとは一味違うんだ。お前が言う通り、あらゆる機構が活動しているからな)

 《ふぅん……でもつまんないなぁ。そっちのタクアって人の中を覗いてみたけど、ずっと女の子のことと『長の息子として当然の役目をは

  す』ってことしか考えないし》

 長の息子として、当然の役目?

 (なんだ、それ?)

 《なんか『人々の上に立つ者は、その人々を守るのが義務』って》

 守る?

 人々というのが、あの娘も含めた村の人達だとすれば―――

 (今の彼は、いったい何から守ろうとしているんだ?)

 《さあ? パムにはわかんないよ》

  ―――守る―――か……

      ☆

 この遺跡は何層にもわたって地下に伸びていた。

 地上から最初にたどり着いた通路を第一層、つまり地下一階とするなら、俺達三人はすでに五層目・地下五階あたりまで潜って来ているは

 だ。一つの層には一つから三つほどの区画に分けられていて、俺達は少なくとも十を超える区画を調べながら通ってきた。

 しかし―――

 「ラウル」

 「……なんだ?」

 「どこまでいけば、リムはいるんだろうな?」

 「さぁ……なんにせよ、大分奥まで着たはずなんだがな…」

 心なしか、タクアの声も元気がない。もうすでに何十という部屋を見てきて、さすがに焦りと疲労の色も見えてきたようだ。

 実際、この遺跡に入ってからどれくらいがたっただろう?

 軽い空腹を覚えだした俺の感覚では、日も傾いて空が朱に染まっている頃合だろうと思うが。

 (パム、お前はいま何時くらいだと思う?)

 《ラウル〜、あたしお腹と背中がくっつきそ〜だよぉ》

  ―――どうやら、パムの腹時計はすでに深夜らしい……

 (あのな、なんで俺の肩に座ってずっと楽したままのお前の方が、先に腹が減るんだよ!)

 《減るものは減るの!だいたい、あたしは体が小さいから胃袋も小さいの!》

 あ、なるほど。

 な、なかなか正論を言うじゃないか。

 しかし考えてみれば、昼から何も食べていないわけだしな。

 俺は一食や二食くらい食事が取れなくても平気だが、彼はこういうことには慣れていないのではないだろうか?

 「タクア、少し休むか? 幸い、少し食料の持ち合わせもあるし…」

 俺が声をかけて水筒を差し出すと、タクアは数口ほど軽くノドを潤した。しかし次いで出したパンは受け取らず押し戻される。

 「悪いな、気遣いさせて。だが先を急ごう。早く、彼女を救ってやりたい」

 「なら、歩きながらで少し聞かせてくれないか。いったいこの村では何が起きているんだ?」

 「……これはこの村の問題であって、おまえには関係―――」

 「無いとは言わないでくれ、あの扉を開けたのは俺だ。相手がどんな者か知らないが、命を狙われるとすれば俺が先だろ」

 「…その心配はない。俺が残れば、全て解決することだ」

 「………」

 「お前はリムを連れて、無事に村に帰ることだけを考えてくれればそれでいい。村の長の息子として、後のことはオレが受け持つ。

  ―――それよりも急ぐぞ、あの扉が次の区画(ブロック)への入り口だろう?」
 
      ☆
 
 「これは………」

 次の区画への扉をくぐった直後、そこにある物をみて俺は思わず舌打ちした。

 いらぬ面倒を避けるために、後ろから来るタクアを止めようかとも思ったが―――

 「! これ…は………」

 俺の迷いに結論が出るより早く、後ろから入ってきたタクアの口から驚愕を含んだ声が漏れた。

 その区画のつくりは簡単だった。この区画には通路も何も無い。

 仕切りの無い広い空間があり、その広い空間には無数にも思えるほどの透明の筒が整然と立ち並べられていた。

 その一つ一つが大人一人、簡単に中に入ることが出来る割と大きな物。

 『カプセル』と呼ばれた、人や生命あるものをそのままに保存する代物だ。

 ただそのカプセルが無数にあるだけなら、そこまで驚いたりしない。

 初めて見るものではないし、なんせこの『遺跡』という空間そのものが現在の俺達にとっては一つの異世界だ。

 何があっても不思議じゃない。

 問題は、その筒(カプセル)の中だ。
 
 ―――こればかりはそう簡単に済ませられるものじゃないな。
 
 立ちならぶ透明の筒。その中にあるモノを確認しようと、俺は手近な筒に触れることの出来る距離まで歩み寄ってみた。

 筒の中には何かの溶液なのか、澄んだ液体が上までぴっちりと注ぎ込まれている。

 ときおり上がる気泡で、ようやくそのことがわかるくらいだ。

 そして、その溶液の中には一つの人影が浮かんでいた。

 それも一つではない。整然とならぶ筒の一つ一つに、人影が浮かんでいるのだ。

 「……本物なのか?」

 「………」

 近づく気にはなれないのか、タクアは入り口のそばから一歩も動かないで訊いてくる。

 俺はそれに即答は避けて、正面を見た。

 いま俺の目の前には、まだ若い女性が裸体で浮かんでいる。

 若いといっても、俺やタクアよりは年上だろう。両足を閉じ、両手をかすかに開いて浮かんでいた。

 その表情に苦悶の影はない。まるで安らかに眠るようなその姿は、どこか神秘的にも見える。

 その隣を見てみると、俺達よりも年下の幼い少女だった。ヒザを抱え、身体を丸めるようにして浮かんでいる。

 その顔はやはり安らかなものだ。

 「……人、なのか?」

 「肉体だな、それは間違いない」

  二度目の質問には即答した。その答えを聞いて、タクアが半ば崩れるようにその場に座り込んでしまう。

 《あ〜ァ、きっと誤解しただろうねぇ…》

 パムが面倒くさそうな声に、俺は苦笑して答える。

 (誤解しただろうな。仕方ないさ、これを見て中の人が生きているとは普通は思わないだろうしな。―――それより、少し調べてみよう)
 
 ここに浮かんでいるのが、人の肉体なのは間違いないことだろう。

 しかもこの区画にある全ての筒に人が入っているなら、相当の数になるはずだ。

 それを証明するように後ろを振り向けば少年の姿がある。その隣には俺と同じくらいの青年、その隣の筒にもまた一人入っていた。

 《ラウル、この人達、なんか変だよ………》

 (変?)

 人が水に浸けられているんだ、確かにこの状況は十分すぎるほど変だ。

 当たり前に考えれば、人が水中で生きていられるはずがないのだから。

 (どう、変だと言うんだ?)

 《この人達、眠っているのに夢を見てない。生きているのに、心に何も無いよ!》

 (………なに?)

 パムは確かに彼らが生きているということを、すでに見抜いていた。

 さすがは『自称・妖精』と言うだけある。

 単に人の心を覗けたり、その姿が――俺以外の――人々に見えないだけではないらしい。

 (パム、この人達が生きているのを見抜いたのはすごいが、心に何もないのがなんで変なんだ。

  眠っているんだ、無理もないことじゃないのか?)

 普通、人は人の心を直接見ることはできない。

 当然だが俺も心を見ることはできないから大抵の場合、心で思っていることは言葉で聞くしかない。

 眠っていて会話の成り立たない人からいま何を思っているかなんて、当然聞きようもない。

 だから、眠っている人の心に何もなくても無理もないような気がするんだが………

 《ぜんっっっぜん違うッ ラウル、全然わかってない!》
 
 ―――怒られてしまった………
 
 《人は起きているときも眠っているときも、常に何かを心で見ているの。

  特に眠っているときは意識が止まってるいるから、いろいろな可能性を際限なく見ることができるの。

  ―――なのに、この人達は何も見てない。まるで何も見えないみたいに》

 (何も見えない?)

 《ウン。まるで何も知らないみたい……》

  何も知らない?

 まさか目が見えない者ばかりを集めたわけじゃないだろうな?

 いや、たとえ生まれつき目が見えなくても、耳と鼻と手がある。

 物は見えなくても、物を感じて知ることは出来るはずだし………

 なら、なぜ心に何もないんだ?

 パムが嘘を言っているとは思えないんだけどな。

 「……リムはいるのか?」

 「ウワッ!」

 な、なんだよ、いつの間にすぐ側まできたんだ、タクアの奴!突然耳元で声がするから、本気で驚いたじゃないかッ。

 「ラウル、この中にリムはいるのか?」

 いつのまにか背後に来た彼は、多少うつろにも見える目で前の女性の眠る筒を見上げていた。

 彼が言う『この中にいるのか?』というのは、この区画で『同じように筒の中にいるのか?』ということなんだろうか?

 それなら―――

 「十分にあるな。いる可能性は」

 「………そうか」

 な、なんだ? うつむいているから表情(かお)が見えないけど、なんかピリピリしたものが………

 《……ラウルゥ》

 (なんだパム、何かわかったのか?)

 《ううん、そうじゃないんだけど……逃げた方がいいよ》

 逃げた方がいい?

 (なんだ、それ。何から逃げろって言うんだよ?)

 《そのぉ、あたしね、ひょっとしたら人の心が覗けなくなったのかなぁっておもって、そのお兄さんの心を覗いてみたんだけど………

 「!」

 「ラウルッ死んでわびろ!」
 
  ガキン!
 
 一瞬前まで俺が立っていた床に、刃が鈍い音をたてた。

 いきなり膨れ上がるように現れた殺気に、身体が反応していなかったらどうなっていたか……

 「い、いきなり何するんだ、タクア!」

 「うるさいッ いったい誰のためにリムが死んだと思っているんだ!」

 だぁ〜〜〜ッやっぱり誤解しているぅ!
 
  ビュン!
 
「どわっ ば、馬鹿、こんな狭いところで剣を振り回すな!」

「ならば突き殺す!」
 
  ビュッ ビビッ
 
 速くて、鋭い!

 く、空を切る剣の音が半端じゃないッ

 「お、落ち着いて聞けッ この人達は死んでるわけじゃない!」

 「嘘を言うな、こんな水に浸けられて生きている者がいるはずがない!」

 「生きてんだよ、それが!」

 チッ 避けることに専念していたって、この攻撃をいつまでも避けつづけるのはゼッッッタイに無理だ!

 何とか早い段階で誤解を解かないと、こっちが本気でヤバい。

 仕方ない、一撃入れて目を覚まさせよう。

 こんな状況で一度でも足を滑らせたりしたら、それこそ―――
 
  ズリッ
 
 「って、考えてるそばからかよーッ」

 「ラウル、覚悟!

 バランスを崩した俺を見て、タクアは一歩踏み込む姿勢を見せる。

 と同時に十分に引き絞った彼の剣先が、最短距離で俺の胸の中心を貫くように定めるのがハッキリと見えた。

 とっさに腰の剣に手を伸ばす!

 「遅い!

 剣の柄を握るのと同時に、タクアの剣先が消えたッ
 
  ギギィン!
 
 《きゃッ!》

 「な……馬鹿な!」

 金属同士がぶつかり合う鈍い音が、あたりに鳴り響く。

 そして―――

 「ゲフッ」

 足首を巻きつくようにして後頭部を捕らえた回し蹴りに、タクアはうめき声一つあげて足元に崩れ落ちる。

 俺は振り上げた右足を下ろして、つま先で彼をつついてみる。しかし彼はなにも反応を見せない。

 「どうやら、気絶してくれたみたいだ。まぁ、手加減なんてとてもできなかったしなぁ」

 ホッと息をついて、俺もその場に腰を下ろした。ちょっと気になったので、崩れ落ちて仰向けに倒れているタクアをひっくり返してみる。

 おぉ、見事に白目を剥いて気絶している……

 「ちゃんと人の話しを聞かないからだぜ?」

 《―――などと言って自分の罪悪感を帳消しにするラウルであった。

 ちなみにさっきの攻防はタクアの剣の『突き』を、ラウルは自分の剣を鞘から半分引き抜いて、その剣の腹で受け止めたの。

 タクアの狙いがわかっていたとはいえ、あの状況でそれが出来たのって、まさしく曲芸の域に達してるよねぇ。

 まさかそんな方法で防がれるなんて思ってなくて、タクアが驚いて隙が出来た時に、ラウルが短い足を思いっきり振り上げて微塵の迷いもな

 《後頭部を蹴っ飛ばしてK.O.(ノックアウト)》

 「………パム、おまえ誰に解説しているんだ?」

 《ん〜、きっと誰かじゃないかな?》

 「答えになってないぞ、それ。まぁ、些細なことはいいとして」

 《そうそう、些細なことはほっといて》

 「最後のところがどうにも気に食わないんだが?」

 《後頭部を蹴っ飛ばしてK.O.(ノックアウト)?》

 「ちがう。その前だ」

 《じゃあ、曲芸?》

 「いや、それも気になるが、俺が言いたいのはその後だ」

 《まさかそんな方法で…》

 「おまえ、わざとはずしているだろ?」

 《ウン♪》

 「……今晩、飯抜き」

 《そ、そんなぁ、ひどいッ横暴だよ!》

 「やかまひいッ タクアのほうが俺より背は高いんだ。思いっきり足を振り上げないと彼の後頭部に届かないのは、当たり前じゃないか!」

 《その差が、足の長さの差じゃないのかな?》

 「頭から足までの全部(トータル)での差だ、全部(トータル)!」

 《座ってるときは、二人とも同じくらいに見えるけどな?》

 「おまえな、そうやってズケズケと……」

 《一部で人気があるみたいなんだよね、あたしのこういうとこ。

 ついでに言うと、ちゃんと現実を直視した方が良いよ、ラウル?》

 「明日の朝食も抜きっ」

 《ず、ずるーいッ 二食も抜くなんてあり!》

 「腹をすかせてちょっとは反省しろ」

 まったく………

 ま、いいか。とりあえず危険物は眠らせたし、おチビも大人しくなった。いまのうちに少し区画(ここ)を調べておくかな。
 
     ☆
 
 「あらためて見ても、舌を巻くな……」

 若葉亭――アリアさんが営業している、

 村唯一の宿――若葉亭が簡単にニ、三軒は入ってしまいそうなほどの広い区画、そのほとんどを埋尽くすように 立ち並ぶ筒(カプセル)。

 その筒の中で裸体の人々が静かに浮かぶ光景。

 そこに響くのは、俺の足音だけ―――

 「浮かんでいる女性一人だけを見たときはどこか神秘的にも思えたけど、こんなに並ぶと気味が悪いな。

  それもこれだけ静かな空間なら、なおさら…だよな?」

 あまりの静けさに、つい考えることを口に出してしまう。そして言ってから、すぐに後悔した。

 「返事があるわけないんだから、言わなきゃよかった」

 タクアは、まだ気絶している。パムは念のために彼のそばについていてもらっていた。

 「……ま、そういうわけで今は俺一人なわけだ」

 ………

 ………

 やっぱり返事はない。

 当たり前だけど、返事がない。

 「言わなきゃいいのに。俺も懲りないな」

 再び口にして、思わず自分で苦笑してしまった。

 そんなことをしながら、この広い区画を一人でまわる。

 壁際を一周するだけで、いったいどれくらい時間がかかるかわからない。

 それほどの広さがありながら、並べられた筒(カプセル)の列と列の間の間隔は、大人二人が並んで歩くのが『やっと』なくらい狭い。

 この筒の並べ方を見ていると、それでもまるで空間(スペース)が足りないようだ。

 狭い間隔で左右をはさまれて、思い思いの格好で眠る人々に見下ろされながら歩く。

 はっきり言って、あまり気持ち良いものじゃないな。

「もっとも、これらが本物とは限らないけどな」

「あら、ならそこに眠っている人たちは何だと言うの?」

 ―――

 今度も別に返事を期待して言ったわけじゃない。

 単に自分の足音しかしないこの静けさに耐えかねて口にしただけだ。

 なのに突然、やや甲高い声が問い返してきた。

 「子供?」

 半ば反射的に、声の主を求めて周囲の気配を探(さぐ)る。―――が、その必要はなかった。

 すぐにその声の主が見つかった。

 「悪かったわね、子供みたいで。それとも、ハルカみたいなお姉さん(としうえ)の方が好み?」

 「ロビン、侵入者にモテないからってひがまないの。彼、困っているわよ」

 前(おく)の方にはまだ幼い赤毛の少女が、後ろには金髪の女性の姿が現れていた。

 まだ距離があるとはいえ、俺はすでに前後からはさまれている。

 「ところで、良かったら『この人達』をどう疑うと言うのか、教えてくれない?」

 前にいる赤毛の少女がそう言った。白衣を着て、大きな丸メガネをかけた少女だ。

 寝グセなのか、赤い髪がいたるところではねている。

 白衣で尻尾は見えないが、身体の割には大ぶりな耳がピンと立っていた。

 「教えるも何も、君のほうがなんでも知っているんじゃないか?」

 「当たり前じゃない。ここは私の家なんだから、ここにあるものを知っているのは当然よ」

  ………は?

 「い、家?」

 「そう。ここは私の家」

 ここって……遺跡だぞ?

 それにタクアやアムルさんの話しでは、この中に入れた者はほとんど皆無とまで言われていたはず。

 何でこんなところに、こんな少女がいるんだ?

 それに一人じゃない。

 「ロビン、もう少し順序だてて話しをしてあげないと、お兄さん困惑しているわよ?」

 俺の背後からクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 首だけを動かして肩越しにその声の主を確認する―――やはり金髪の女性だ。歳は俺より、おそらく二まわりくらい上。

 古い言い方をするなら、妙齢の女性。

 「もう、じれったいわね」

 「なら―――消す?」

 「

 背後から聞こえた声に、背筋が冷えた。

 軽い口調だが、本物だ。

 「物騒ねぇ。お兄ちゃん、おびえちゃったじゃない。

  ―――お兄ちゃん、こっちにおいで。私、興味わいたから、付き合ってくれたらお茶くらい出してあげるよ」

 「付き合わなかったら、俺のお相手はこっちの姉さん?」

 俺が肩越しに背後の女性を指すと、少女がにこやかに笑ってうなずいた。

 その顔は、まるで新しいおもちゃを与えた子供のようにも見える。
 
 ―――相手は背後の女性と、この少女の二人。強行してこの場から逃げることは、不可能ではないとは思うが………
 
 脱出法を探りながら、軽く腰を沈める。

 そんな俺のわずかな動きにも気付いたのか、それを制するように少女が手を上げた。

 「あ、向こうで寝てるお兄さんもちゃんと招待するから、心配しないで。君が来ないなら、その兄さんもハルカに任せちゃうけど?」

 やっぱり、タクアのことももう知られているのか。

 まさか棄てていくわけにも、いかないしな。

 「わかった、招待されるよ。―――俺としても、君達にいろいろ訊いてみたい事も有るし」

 冷静になって考えてみれば、これだけの機材が稼動している遺跡は希(まれ)だ。その遺跡を自分の家と言う彼女なら………
 
 ―――俺の旅の目的、それをなにか教わる事も出来るかもしれない。
 
 「ふぅン……やっぱりあんた、普通じゃないみたいね。まぁ色々聞かせてもらうわ。―――え〜と、名前なんていうの?」

 「ラウル。ラウル・フォルヴ」

 「私はロビン・シャルロット・ルー・ルドワック・ステファンマイヤー13世」

 「……な、ながいんだな」

 「普段は『ロビンちゃん』でいいわよ♪」

  少女はそう言うと笑った。それはまさしく『子供の笑顔』だ。

 「ロビン…ちゃん?」

 「言ってみて」

 「お、俺が?」

 「私に何か聞きたいんでしょ?私のことなんて呼ぶつもり? 呼び捨てなんて認めないから♪」

 まぁ、それは確かにそうかもしれないが。

 だからといって、初対面を前に『ちゃん』付けというのも、言いにくいぞ?

 「repeat after me ロビンちゃん♪―――さ、言ってみて」

 「ろ、ロビン…ちゃん」

 「ノンノンノンッ もっと明るく、ロビンちゃん♪」

 「ろ、ロビンちゃん」

 「ン〜、硬いわねぇ。もう少し笑顔で言ってくんない?」

 「こ、こうか?」

 少女の指導に、仕方なく営業スマイルを浮かべる俺。

 「そうそう、そんな感じで言ってみて♪」

 「ロビンちゃん♪」

 「おお、いい感じじゃない♪」

 「そ、そうか?」

 思わず喜んでしまった。

 喜んでしまってから思ったんだが―――
 
 ―――俺、何でこんなことさせられているんだろう………
 
 ちょっと、ちょっとだけむなしくなった気がした。

 そんな俺の背後から聞こえてきた言葉………
 
 「馬鹿ね、まるで。」
 
 むっかぁぁぁッ

 耐えろラウル、明日のために耐えるんだ!

 「んじゃ、ここじゃなんだからこっち来て」

 俺の心境など知らず、少女は右手をつかむと先だって案内してくれた。

 そんな少女に手を引かれながら、俺は空いている方の手を握り締めて屈辱に堪えていたことは言うまでもない………

 ..........to be continued...........
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THE REAL WORLD   Second Season
「麦藁帽子の下で……」 第九章 ☆ 赤毛の子


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